・・・しかし先生は幸いにも、煙客翁の賞讃が渋りがちになった時、快活に一座へ加わりました。「これがお話の秋山図ですか?」 先生は無造作な挨拶をしてから、黄一峯の画に対しました。そうしてしばらくは黙然と、口髭ばかり噛んでいました。「煙客先・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ と少し言渋りながら、「跟けつ廻しつしているのでございます。」と思切った風でいったのである。「何、お米を、あれが、」と判事は口早にいって、膝を立てた。「いいえ、あの、これと定ったこともございません、ございませんようなものの、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・カンテラが、無愛想に渋り切った井村の顔に暗い陰影を投げた。彼女は、ギクッとした。しかしかまわずに、「たいへんなやつがあると自分で睨んだから、掘って来たんだって、どうして云ってやらなかったの。」 なじるような声だった。「やかましい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 江戸っ子気の、他人のために女ながら出来るだけつくす主義の主婦は、自分に出来るだけの事は仕てやる気になって、とかく渋り勝ちな栄蔵の話に、言葉を足し足しして委細の事を云わせた。 結局は、栄蔵の顔を見た瞬間に直覚した通り金の融通で、毎月・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・九郎右衛門は渋りながら下関から舟に乗って、十二月十二日の朝播磨国室津に着いた。そしてその日のうちに姫路の城下平の町の稲田屋に這入った。本意を遂げるまでは、飽くまでも旅中の心得でいて、倅の宅には帰らぬのである。 宇平は九郎右衛門を送って置・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫