・・・その厳しい冬が過ぎますと、まず楊の芽が温和しく光り、沙漠には砂糖水のような陽炎が徘徊いたしまする。杏やすももの白い花が咲き、次では木立も草地もまっ青になり、もはや玉髄の雲の峯が、四方の空を繞る頃となりました。 ちょうどそのころ沙車の町は・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 大へん温和しい論旨でしたので私たちは実際本気に拍手しました。すると私たちの席から三人ばかり祭司次長の方へ手をあげて立った人がありましたが祭司次長は一番前の老人を招きました。その人は白髯でやはり牧師らしい黒い服装をしていましたが壇に昇っ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・「さあ、どうかね、お客さまのおが白くて、それに円くて、大へん温和しくいらっしゃるんだから、やはりオールバックよりはネオグリークの方がいいじゃないかなあ。」「うん。僕もそう思うね。」も一人も同意しました。私の係りのアーティストが、おれ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ましてや、温和なチェホフが、壮年のゴーリキイを除名したアカデミーにたいして、自分がアカデミシャンであることを恥じると抗議したような、温和にして剛毅な文学の精神は、日本の当時に存在しなかったのである。 十三年代に明瞭にあらわれた、この文化・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・慾とくをはなれた年月の間この町にも苔のついた石段が、穏和な生活の道としてあることに安らぎを感じた。 数年前、弟が出征したとき、母は、武運長久の願をかけに、山口からわざわざ琴平詣りをした。五月雨のころであった。父にあたる人は七年来の中風で・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ 専制と恐怖の政治をすすめる温和な手段の一つは、人民の精神から批判力をぬき去るという方法である。笑いやスペクタクルによって精神の集中を溶け去らせる愚民化の方法である。ワグナーがオペラをプロシア皇帝の治世の具として自薦したとき、はっきりそ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・このことを一般は現実問題として理解しはじめている。温和で正直で忍従的な人民の多数が、その温和で生産的な社会生活を継続し発展させてゆく可能を保つために、それらの人々がファシズムにくわれつくさずに生きてゆけるだけの自主的余地をこの社会に拡げる力・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・ 日本のように温和な自然に取囲まれ、海には魚介が満ち、山には木の実が熟し、地は蒔き刈りとるに適した場所に生きては、あの草茫々として一望限りもない大曠野の嵐や、果もない森林と、半年もの晴天に照りつけられる南方沙漠の生活とは、夢にも入るまい・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・科学の発達が、益々大規模な戦争を可能にし、大規模になるということは益々罪のない穏和な人民の大量を殺戮することである事実に、深刻な現世紀の人類的悲劇を見るのは、戦争放火者たち以外のすべてのまともな人々の心情である。だからこそ世界の良心的な科学・・・ 宮本百合子 「「人間関係方面の成果」」
・・・ この温和な、無慾な男が有益な仕事をうまくさせようとして努力しているのに、周囲の誰も彼もがその仕事に対して軽率な冷淡な態度をとってそれを破壊させつつある有様はゴーリキイの心を痛めた。デレンコフの父親は宗教上のことから半狂人になった。弟は・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫