・・・秋の声は知らないでただ春の音ばかり知ってる両総の人の粋は温良の二字によって説明される。 省作はその温良な青年である。どうしたって省作を憎むのは憎む方が悪いとしか思われぬ。省作は到底春の人である。慚愧不安の境涯にあってもなお悠々迫らぬ趣が・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・君は、そういう場合、まるで非芸術のように頑固で、理由なしに、ただ、左を右と言ったものだが、温良に正直にすべてを語って御覧。誰も聞いていないのだよ。一生に最初の一度。嘘でも、また、ひかれ者の小唄でもないもの。まともなことを正直に僕に訴えて見給・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・今の桂三郎のような温良な気分は、どこにも見出せなかった。彼のような幸福な人間では、けっしてなかった。 私はその温泉場で長いあいだ世話になっていた人たちのことを想い起こした。「おきぬさんも、今ならどんなにでもして、あげるよって芳ちゃん・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・女子は男子よりも親の教、忽にす可らず、気随ならしむ可らずとは、父母たる者は特に心を用いて女子の言行を取締め、之を温良恭謙に導くの意味ならん。温良恭謙、固より人間の美徳なれども、女子に限りて其教訓を忽にせずと言えば、女子に限りて其趣意を厚く教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫