・・・いよいよ遣らなくてはならないとなると、遣れるものだと、自分で満足した。 そう思うと同時に、平生の傲慢が萌す。幸な事には、いつまでもこんな事をする必要がない。出来たからって、えらがるのは、沙汰の限りだ。こう思うと、頗る愉快になって来た。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・とにかく休息することができると思うと、言うに言われぬ満足をまず心に感じた。静かにぬき足してその石階を登った。中は暗い。よくわからぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚しきところを押してみたが開かない。二歩三歩進んで次の戸を押したがやはり開・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・見物一同大満足の体で、おれの顔を見てにこにこしている。両方の電車が動き出す。これで交通の障碍がやっと除かれたのである。おれはこの出来事のために余程興奮して来たので、議会に行くことはよしにした。ぶらぶら散歩して、三十分もたってから、ちょうど歩・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・このような要求は研究に熱心な学者としての彼には迷惑なものに相違ないが、彼は格別厭な顔をしないで気永に親切に誰にでも満足を与えているようである。 彼の名声が急に揚がる一方で、彼に対する迫害の火の手も高くなった。ユダヤ人種排斥という日本人に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・彼女はそんなことを考えながらも、叔母が択んでくれた自分の運命に、心から満足しようとしているらしかった。「ここの経済は、それでもこのごろは桂さんの収入でやっていけるのかね」私はきいた。「まあそうや」雪江は口のうちで答えていた。「お・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・――そしてその方が三吉の心を和ませさえした。満足した母親の顔と一緒に、彼女の影像がかぎりなくあたたかに映ってくる。それはこの咽喉がかわくような気持から三吉をすくってくれるのであったが、とたんに、三吉はあわてだす。昨夜から考えていること、彼女・・・ 徳永直 「白い道」
・・・父はわたくしが立止って顔の上に散りかかる落梅を見上げているのを顧み、いかにも満足したような面持で、古人の句らしいものを口ずさんで聞かされたが、しかしそれは聞き取れなかった。後年に至って、わたくしは大田南畝がその子淑を伴い御薬園の梅花を見て聯・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・つまるところは人間生存上の必要上何か仕事をしなければならないのを、なろう事ならしないで用を足してそうして満足に生きていたいというわがままな了簡、と申しましょうかまたはそうそう身を粉にしてまで働いて生きているんじゃ割に合わない、馬鹿にするない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ けれどもこの注文は、実際に於て満足されない事情がある。なぜかならば我等の芸術を装幀するものは、通例我等自身ではないからです。我等の為し得るところは、精々のところ他人の製作した者の中から、あの額縁この表紙を選定し指定するに過ぎない。しか・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・それに此女だって性慾の満足のためには、屍姦よりはいいのだ。何と云っても未だ体温を保っているんだからな。それに一番困ったことには、私が船員で、若いと来てるもんだから、いつでもグーグー喉を鳴らしてるってことだ。だから私は「好きなように」すること・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫