・・・ただ体は滅茶滅茶になって眉毛だけ線路に残っているのだけれども、……やっぱりこの二三日洋食の食べかたばかり気にしていたせいね。」「そうかも知れない。」 たね子は夫を見送りながら、半ば独り言のように話しつづけた。「もうゆうべ大しくじ・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・なにもかも、滅茶滅茶でした。少年は、そのような異様の風態で、割烹店へ行き、泉鏡花氏の小説で習い覚えた地口を、一生懸命に、何度も繰りかえして言っていました。女など眼中になかったのです。ただ、おのれのロマンチックな姿態だけが、問題であったのです・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・まさか、とあわてて打ち消した。滅茶滅茶になった。能登半島。それかも知れぬと思った時に、背後の船室は、ざわめきはじめた。「さあ、もう見えて来ました。」という言葉が、私の耳にはいった。 私は、うんざりした。あの大陸が佐渡なのだ。大きすぎ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・そんな奴を見つけたら、私だって滅茶滅茶にぶん殴ってやる事が出来る。死刑以上の刑罰を与えよ。そいつは、悪魔だ。それに較べたら、私はやっぱり、ただの「馬鹿」であった。もう之で、解決がついた。私は此の世の悪魔を見た。そいつは、私と全然ちがうもので・・・ 太宰治 「誰」
・・・火祭りも何も、滅茶滅茶になった様子であった。毎年、富士の山仕舞いの日に木花咲耶姫へお礼のために、家々の門口に、丈余の高さに薪を積み上げ、それに火を点じて、おのおの負けず劣らず火焔の猛烈を競うのだそうであるが、私は、未だ一度も見ていない。こと・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・百花撩乱主義 福本和夫、大震災、首相暗殺、そのほか滅茶滅茶のこと、数千。私は、少年期、青年期に、いわば「見るべからざるもの。」をのみ、この眼で見て、この耳で聞いてしまった。二十七八歳を限度として、それよりわかい青年、すべて、・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・彼が二十二歳のとき酔い泥屋滅茶滅茶先生という筆名で出版した二三の洒落本は思いのほかに売れた。或る日、三郎は父の蔵書のなかに彼の洒落本中の傑作「人間万事嘘は誠」一巻がまじっているのを見て、何気なさそうに黄村に尋ねた。滅茶滅茶先生の本はよい本で・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・精神的な高い信頼だの、同じ宿命に殉じるだのと言っても、お互い、きらいだったら滅茶滅茶です。なんにも、なりやしません。何だか好きなところがあるからこそ、精神的だの、宿命だのという気障な言葉も、本当らしく聞えて来るだけの話です。そんな言葉は、互・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・木造二階家の玄関だけを石造にしたようなのが、木造部は平気であるのに、それにただそっともたせかけて建てた石造の部分が滅茶滅茶に毀れ落ちていた。これははじめからちょっとした地震で、必ず毀れ落ちるように出来ているのである。 岸壁が海の方へせり・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・登場し、そうして気の毒千万にも傍聴席の妻君の面前で、曝露されぬ約束の秘事を曝露され、それを聞いてたけり立ち悶絶して場外にかつぎ出されるクサンチッペ英太郎君のあとを追うて「せっかく円満になりかけた家庭を滅茶滅茶にされた」とわめきながら退場する・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫