・・・広い、人気のない渚の砂は、浪が打ち寄せては退くごとに滑らかに濡れて夕焼に染った。「もう大島見えないわね」「――雪模様だな、少し」 風がやはり吹いた。海が次第に重い銅色になって来た。光りの消えた砂浜を小急ぎに、父を真中にやって来る・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ 又、一羽来て、今度は隣の庭にある、何に使うのか滑らかそうな材の頂上に止った。 二かたまり、流れる白雲と青空とを背にして、雀は、嘗て見たどの雀よりも、簡潔に、強く、心を動かした。・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・が、空は柔かく滑らかな白雲を浮かべて晴れ渡って居た。 雲の消え入るようにやさしいすき間には、光った月と無数の星とがキラキラと輝いて居る。 あたりはひっそりと鎮って、足跡のない雪の夢のような表面と、愛らしい春の息を吸った空とは、そのな・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・そのときのかの子さんの印象は、自身の白い滑らかさ、ふっくらした凹凸、色彩のとりどりを自身で味いたのしみながら辿っているとでも云う心理に映った。主婦として女中さんの待遇について話すようなときも、同じその感覚が、自身の主婦ぶりに向けられているら・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・瓦斯燈の水っぽい光が、ゴムのような滑らかな大きい葉の植木を照している。その陰から立って挨拶したのは、その頃ピリニャークにくっついて歩いていた作家リージンとその妻であった。若い詩人夫妻の伴れがある。正直に云うと、自分はこの高いダブル・カラーを・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・一度男の荒い掌がそこにさわってなでると、彼女は丁度荒い男の掌という適度な紙やすりでこすられた象牙細工のように、濃やかに、滑らかに、デリカになる。野生であった女は、もっと野生な、力ある男の傍で、始めて自分の軟らかさ、軽さ、愛すべきものであるこ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・紺サージの水兵帽からこぼれたおかっぱが、優美に、白く滑らかな頬にかかっている。男の子のようにさっぱりした服の体を二つに折り、膝に肱をついた両手で顔をかくしている。彼女は、正直な乱暴さで、ぐいと、左手の甲で眼を拭いた。二人の大人が云うことに耳・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画においては、ある一つの色で広い画面をムラな・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・特に先生が力説したのはあの像の肌の滑らかさであったように思う。あの像もまた単に色や形をのみ見るのではなくして、まさしく触感を見るというべきものである。それもただ銅のみが与え得るような、従って大理石や木や乾漆などにはとうてい見ることのできない・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・その円い滑らかな肩の美しさ。清楚なしかもふくよかなその胸の神々しさ。清らかな、のびのびした円い腕。肢体を包んで静かに垂直に垂れた衣。そうして柔らかな、無限の慈悲を湛えているようなその顔。――そこにはいのちの美しさが、波の立たない底知れぬ深淵・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫