・・・沼津辺の漁村の生れである。ここへ来て、もう四年にもなるので、家族のロマンチックの気風にすっかり同化している。令嬢たちから婦人雑誌を借りて、仕事のひまひまに読んでいる。昔の仇討ち物語を、最も興奮して読んでいる。女は操が第一、という言葉も、たま・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・だれかの漁村の詩にこんな景色があったような気がした。もう「東洋」と「熱帯」の姿はどこにもなかった。まもなく右にレッジオ、左にメッシナの町の薄暮の燈火を見て過ぎる。メッシナは大地震のために破壊されて灯の数は昔の比較にならないとハース氏が話した・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 私が前後にただ一度盆踊りを見たのは今から二十年ほど前に南海のある漁村での事であった。肺結核でそこに転地しているある人を見舞いに行って一晩泊まった時がちょうど旧暦の盆の幾日かであった。蒸し暑い、蚊の多い、そしてどことなく魚臭い夕靄の上を・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 自分たちは直接海へのり出して行かないで、その結果だけ待っていて家計をやりくってゆく漁村の女の暮しが楽でないことは、大正八年に米の価が途方もなくあがったとき第一番にそれに反対したのが富山県の漁夫のおかみさん達であったことからも判断出来る・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・なるほど、同じ日本でも山にかこまれた奥羽の農村の持っている文化と、四国の海岸の漁村の持っている文化とをくらべれば、そこにはあきらかに異った特色が認められることは事実である。けれども地方の地理的な特色がその地方の文化の発展の第一義的要素である・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・北の荒れた漁村でもあるような風景を描く。 おおこれは。――深い靄だ。晴れた黄昏にはこの辺を燕が沢山翔ぶのだが。〔一九二七年七月〕 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫