・・・動かない漁舟、漕ぐ手も見ゆる帰り舟、それらが皆活気を帯びてきた。山の眺めはとにかく、海の景色は晴れんけりゃ駄目ですなアなどと話合う。話はいつか東京話になる。お繁の奴は東京の話というと元気が別だ。僕等もう東京などちっとも恋しくない。兄がそうい・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ボートの上にカンバスをかまぼこ形に張ったのが日本の屋根舟よりはむしろ文人画中の漁舟を思い出させた。きれいな小蒸汽が青い水面に八の字なりに長い波を引いてすべって行くのもあった。 牧場の周囲に板状の岩片を積んだ低い石垣をめぐらし、出入り口に・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・百尺岩頭燈台の白堊日にかがやいて漁舟の波のうちに隠見するもの三、四。これに鴎が飛んでいたと書けば都合よけれども飛魚一つ飛ばねば致し方もなし。舟傾く時海また傾いて深黒なる奔潮天と地との間に向って狂奔するかと思わるゝ壮観は筆にも言語にも尽すべき・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・これは畢竟枯荻落雁の画趣を取って俗謡に移し入れたもので、寺門静軒が『江頭百詠』の中に漁舟丿影西東 〔漁舟丿して影西東白葦黄茅画軸中 白葦黄茅 画軸の中忽地何人加二点筆一 忽地として何人か点筆を加え一縄寒雁下二・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫