・・・ 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、小さな南瓜畑を越して、もう一つ煉瓦塀を越して、監獄の事務所に向って弾劾演説を始めた。 ――俺たちは、被告だが死刑囚じゃない、俺たちの・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・かえりみて学者の領分を見れば、学校教授の事あり、読書著述の事あり、新聞紙の事あり、弁論演説の事あり。これらの諸件、よく功を奏して一般の繁盛をいたせば、これを名づけて文明の進歩と称す。 一国の文明は、政府の政と人民の政と両ながらその宜を得・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
左の一編は、去月廿三日、府下芝区三田慶応義塾邸内演説館において、同塾生褒賞試文披露の節、福沢先生の演説を筆記したるものなり。 余かつていえることあり。養蚕の目的は蚕卵紙を作るにあらずして糸を作るにあり、教育の・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
○こう生きて居たからとて面白い事もないから、ちょっと死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒョコと帰って来て地獄土産の演説なぞは甚だしゃれてる訳だが、しかし死にッきりの引導渡されッきりでは余り有難くないね。けれ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・その人は落ち着いた風で少し微笑いながら演説しました。「只今のご質問はいかにもご尤であります。多少御実験などもお話になりましたが実は遺憾乍らそれはみな実験になって居りません。 動物は衝動と本能ばかりだと仰っしゃいましたがまあそうして置・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・誰かの演説する声もきこえました。わたくしたちは二人、モリーオの市の方のぼんやり明るいのを目あてにつめくさのあかりのなかを急ぎました。そのとき青く二十日の月が黒い横雲の上からしずかにのぼってきました。ふりかえってみると、もうあのはんの木もあか・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 明治はじめの自由民権が叫ばれて、婦人がどしどし男子と等しい教育をうけ、政治演説もし、男女平等をあたり前のことと考えた頃、日本では、木村曙「婦女の鑑」、若松賤子「忘れ形見」などの作品が現れた。若い婦人としてよりよい社会を希望するこころも・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・まずさしあたり、日本の首相吉田が、再開の国会において、一般施政方針の演説もしないで、日本のタフト・ハートレー法を通過させようとしていることは、妙だ、ということである。政治一般の方針を示さず、検討せず、どうして公務員法案だけは通してよい法案で・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・「しかし、君、ルウズウェルトの方々で遣っている演説を読んでいるだろうね。あの先生が口で言っているように行けば、政治も一時だけの物ではない。一国ばかりの物ではない。あれを一層高尚にすれば、政治が大芸術になるねえ。君なんぞの理想と一致するだろう・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・これまで人前で演説などをしたことのない父が、街頭で宣伝をやると言いだしたのはよほど気持ちが緊張していることを思わせる。ところで父が宣伝しようとするのは何であろうか。これは小生にはすぐに解った。父はただいわゆる過激思想だけを恐れているのではな・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫