・・・―― その頃、陸奥の汐汲みの娘が、同じ村の汐焼きの男と恋をした。が、女には母親が一人ついている。その目を忍んで、夜な夜な逢おうと云うのだから、二人とも一通りな心づかいではない。 男は毎晩、磯山を越えて、娘の家の近くまで通って来る。す・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・奉公初めは男が柴苅り、女が汐汲みときまっている。その通りにさせなされい」「おっしゃるとおり、名はわたくしにも申しませぬ」と、奴頭が言った。 大夫は嘲笑った。「愚か者と見える。名はわしがつけてやる。姉はいたつきを垣衣、弟は我が名を萱草・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・塩浜から帰る潮汲み女である。 それに女中が声をかけた。「もしもし。この辺に旅の宿をする家はありませんか」 潮汲み女は足を駐めて、主従四人の群れを見渡した。そしてこう言った。「まあ、お気の毒な。あいにくなところで日が暮れますね。この土・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫