・・・や近寄って、僧の前へ、片手、縁の外へ差出すと、先刻口を指したまま、鱗でもありそうな汚い胸のあたりへ、ふらりと釣っていた手が動いて、ハタと横を払うと、発奮か、冴か、折敷ぐるみ、バッタリ落ちて、昔々、蟹を潰した渋柿に似てころりと飛んだ。 僧・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・一層お前、わ、私の眼を潰しておくれ、そうしたら顔を見る憂慮もあるまいから。」「そりゃ不可えだ。何でも、は、お前様に気を着けて、蚤にもささせるなという、おっしゃりつけだアもの。眼を潰すなんてあてごともない。飛んだことをいわっしゃる。それに・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 同時に、蛇のように、再び舌が畝って舐め廻すと、ぐしゃぐしゃと顔一面、山女を潰して真赤になった。 お町の肩を、両手でしっかとしめていて、一つ所に固った、我が足がよろめいて、自分がドシンと倒れたかと思う。名古屋の客は、前のめりに、近く・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・それまでは文学を軽視し、内心「時間潰し」に過ぎない遊戯と思いながら面白半分の応援隊となっていたが、それ以来かくの如き態度は厳粛な文学に対する冒涜であると思い、同時に私のような貧しい思想と稀薄な信念のものが遊戯的に文学を語るを空恐ろしく思った・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 私はあまりに不意なので肝を潰した。「本当ですか。」「本当とも、じつはね、こんな所にこんなに永く逗留するつもりじゃなかったんだが、君とも心安くなるし、ついこんなに永逗留をしてしまったわけさ、それでね、君に旅用だけでも遺してってあ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「――まあ、そう言うな。潰してしまっても、もともとたいした新聞じゃなかったんだから……」 と、笑っていると、お前は暫らくおれの顔を見つめていたが、何思ったか、いきなり、「――冗談言うと、撲りますぞ」 と、言って出て行き、それ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 自分はクルリと寝返りを打ったが、そっと口の中で苦笑を噛み潰した。 六円いくら――それはある雑誌に自分が談話をしたお礼として昨日二十円届けられた、その金だった。それが自分の二月じゅうの全収入……こればかしの金でどう使いようもないと思・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ と光代は奪上げ放しに枕の栓を抜き捨て、諸手に早くも半ば押し潰しぬ。 よんどころなく善平は起き直りて、それでは仲直りに茶を点れようか。あの持って来た干菓子を出してくれ。と言えば、知りませぬ。と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りま・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・うとう一尾も釣れずに家へ帰ると、サア怒られた怒られた、こん畜生こん畜生と百ばかりも怒鳴られて、香魚や山やまめは釣れないにしても雑魚位釣れない奴があるものか、大方遊んでばかりいやがったのだろう、この食い潰し野郎めッてえんでもって、釣竿を引奪ら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫