・・・「臙脂屋を捻り潰しなさらねばなりますまいがノ。貴殿の御存じ寄り通りになるものとのみ、それがしを御見積りは御無体でござる。」「ム」「申した通り、此事は此事、左京一分の事。我等一党の事とは別の事にござる。」「と云わるるは。扨は何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・その虫を踏み潰して、緑色に流れる血から糸を取り、酢に漬け、引き延ばし、乾し固め、それで魚を釣ったことを思出した。彼は又、生きた蛙を捕えて、皮を剥ぎ、逆さに棒に差し、蛙の肉の一片に紙を添えて餌をさがしに来る蜂に与え、そんなことをして蜂の巣の在・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・自分の不平を噛み潰しているのである。みな頭と肩との上に重荷を載せられているような圧を感じている。それだからその圧を加えられて、ぽうっとしてよろめきながら歩いているのである。そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・そうして、その婦女子のねむけ醒しのために、あの人は目を潰してしまいまして、それでも、口述筆記で続けたってんですから、馬鹿なもんじゃありませんか。 余談のようになりますが、私はいつだか藤村と云う人の夜明け前と云う作品を、眠られない夜に朝ま・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・わざと押し潰しているような低いかすれた声であった。「右の奥歯がいたくてなりません。歯痛ほど閉口なものはないね。アスピリンをどっさり呑めば、けろっとなおるのだが。おや、あなたを呼んだのは僕だったのですか? しつれい。僕にはねえ」私の顔をちらと・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余で冷却固結した岩塊を揉み砕き、つかみ潰して訳もなくこんなに積み上げたのである。 岩塊の頂上に紅白の布片で作った吹き流しが立っている。その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・「いやだ、俺ァ……、あの麦に指一本でもさわってみろ、こんだァあの娘ッ子を、あいつが麦を踏みちぎったように、あの断髪頭をたたき潰してやる……」―― 徳永直 「麦の芽」
・・・一同喜び、狐の忍入った小屋から二羽の鶏を捕えて潰した。黒いのと、白い斑ある牝鶏二羽。それは去年の秋の頃、綿のような黄金色なす羽に包まれ、ピヨピヨ鳴いていたのをば、私は毎日学校の行帰り、餌を投げ菜をやりして可愛がったが、今では立派に肥った母鶏・・・ 永井荷風 「狐」
・・・豆腐屋が豆を潰したり、呉服屋が尺を度ったりする意味で我々も職業に従事する。上下挙って奔走に衣食するようになれば経世利民仁義慈悲の念は次第に自家活計の工夫と両立しがたくなる。よしその局に当る人があっても単に職業として義務心から公共のために画策・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・玉を並べた様な鋲の一つを半ば潰して、ゴーゴン・メジューサに似た夜叉の耳のあたりを纏う蛇の頭を叩いて、横に延板の平な地へ微かな細長い凹みが出来ている。ウィリアムにこの創の因縁を聞くと何にも云わぬ。知らぬかと云えば知ると云う。知るかと云えば言い・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫