一それだから今日すなわち四月九日の晩をまる潰しにして何か御報知をしようと思う。報知したいと思う事はたくさんあるよ。こちらへ来てからどう云うものかいやに人間が真面目になってね。いろいろな事を見たり聞たり・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 小林が彼と肩を並べようとする刹那、彼は押し潰した畳みコップのように、ペシャッとそこへ跼った。 小林はハッとした。 と、同時に川上の捲上の方を見た。が、そっちは吹雪に遮られて、何物も見えなかった。よし、見えたにしても、もう皆登り・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ぎごちなくなった指を伸ばして、出そうになった欠を噛み潰した。そしてやおらその手を銀盤の方へ差し伸べた。盤上には数通の書簡がおとなしく待っていたのである。 ピエエルは郵便を選り分けた。そしてイソダン郵便局の消印のある一通を忙わしく選り出し・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そう云うやつは、みんなたたき潰してやるぞ。ぜんたい何の証拠があるんだ。」「証人がある。証人がある。」とみんなはこたえました。「誰だ。畜生、そんなこと云うやつは誰だ。」と盗森は咆えました。「黒坂森だ。」と、みんなも負けずに叫びまし・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「何をぐずぐずしてるんだ。潰してしまえ。灼いてしまえ。こなごなに砕いてしまえ。早くやれっ。」楢ノ木大学士はびっくりして大急ぎで又横になりいびきまでして寝たふりをしそっと横目で見つづけた。ところが今のどなり声は大学・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・かつてウラジヴォストクからコルチャック軍と一緒にプロレタリアートのソヴェト・ロシア揉潰しを試みて成功しなかった日本帝国主義軍、自覚のない、動員された日本プロレタリアートの息子たちが出入りした。次に、利権やとゲイシャと料理屋のオカミがウラジヴ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 若し始めっから潰す量見で来たんならもう少し潰しでのあるところへお輿を据えたらいいだろう。 何も二人に未練はありゃあしない。 ああさっぱりしたもんさ、水の様にね。 あんまり調子づいて、心にない事まで云って仕舞ったお金は、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・秀麿が心からでなく、人に目潰しに何か投げ附けるように笑声をあびせ掛ける習癖を、自分も意識せずに、いつの間にか養成しているのを、奥さんは本能的に知っているのである。 食事をしまって帰った時は、明方に薄曇のしていた空がすっかり晴れて、日光が・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・後にそれを買い潰して、崖の下に長い柱を立てて、私の家と軒が相対するような二階家の広いのを建てたものがある。眺望の好かった私の家は、その二階家が出来たために、陰気な住いになった。安国寺さんの来たのは、この二階造の下宿屋である。 しかし東京・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・やがて薄暗いような大きい御殿へ来て、辺の立派なのに肝を潰し、語らえばどこまでもひびき渡りそうな天井を見ても、おっかなく、ヒョット殿さまが出ていらしッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段を登り、長・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫