・・・とお光は美しい眉根を寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体も痩せるわ」「まあ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ヒロポンは不思議に効いたが、心臓をわるくするのと、あとの疲労が激しいので、三日に一度も打てない。しかし、仕事のことを考えると、そうも言っておれないので、結局悪いと思い乍ら、毎日、しかも日によっては二回も三回も打つようになる。その代り、葡萄糖・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は睡むることができなかった。二 翌朝彼は本線から私線の軽便鉄道に乗替えて、秋田のある鉱山町で商売をしている弟の惣治を訪ねた。そして四五日逗留して・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・火が全く消えても、少しの間は残像が彼を導いた―― 突然烈しい音響が野の端から起こった。 華ばなしい光の列が彼の眼の前を過って行った。光の波は土を匍って彼の足もとまで押し寄せた。 汽鑵車の烟は火になっていた。反射をうけた火夫が赤く・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・親父も弁公も昼間の激しい労働で熟睡したが文公は熱と咳とで終夜苦しめられ、明け方近くなってやっと寝入った。 短夜の明けやすく、四時半には弁公引き窓をあけて飯をたきはじめた。親父もまもなく起きて身じたくをする。 飯ができるや、まず弁公は・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・彼の激しい性格の中には、ペテロのように、海風のいきおいが見られるのである。そこで彼はその幼時を大洋の日に焼かれた。それ故「海の児」「日の児」としての烙印が彼の性格におされた。「われ日本の大船とならん」というような表現を彼は好んだ。また彼の消・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・それが、急に調子の変った激しい声だったので、イワンは自分に何か云われたのかと思って、はっとした。 彼が、大佐の娘に熱中しているのを探り出して、云いふらしたのも吉原だった。「不軍紀な、何て不軍紀な! 徹底的に犠牲にあげなきゃいかん!」・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・薫は、春咲く蘭に対して、秋蘭と呼んで見てもいいもので、かれが長い冬季の霜雪に耐えても蕾を用意するだけの力をもった北のものなら、これは激しい夏の暑さを凌いで花をつける南のものだ。緑も添い、花も白く咲き出る頃は、いかにも清い秋草の感じが深い。こ・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・何とも返辞の仕様が無く黙っていますと、それから、しばらくは、ただ、夫の烈しい呼吸ばかり聞えていましたが、「ごめん下さい」 と、女のほそい声が玄関で致します。私は、総身に冷水を浴びせられたように、ぞっとしました。「ごめん下さい。大・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・強い紫外線と烈しい低温とに鍛練された高山植物にはどれを見ても小気味のよい緊張の姿がある。これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰の茶屋で車を下りて眼の上の火山を見上げた。代赭色を帯びた円い・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫