・・・この一生懸命で濃厚な作品に、本質的な未熟さとしてあるのは、庶民の生活感情と勤労者の生活感情とのちがいについて、作者がちっともわかっていないという点であるということを。「一つの芽生」は、弟の死という事実に面して、その悲しみをどこまでも客観・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・地下室の酒場らしい濃厚な陰翳がなさすぎる。周囲の高い壁がさっぱりしすぎている。声と姿ばかり。真実に心から溶けた雰囲気がない。 あれ程大勢の男や女を舞台に出したのは、勿論、彼等によって、混雑し、もっとした廃頽的雰囲気を感じさせようが為であ・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ ケーテのスケッチに充ちている偽りなさと生活の香の色の濃厚さは、私たちにゴーリキイの「幼年時代」「私の大学」「どん底」などの作品にある光と陰との興味つきない錯綜を思いおこさせる。また魯迅が中国の民衆生活に対して抱いた深い愛と洞察と期待と・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・今の時候で見ると大変暑苦しいようであるがなかなか濃厚で面白い、但この作品で画家は極めて自然発生的に自身のもちものを出しているだけですが。今私はゴーリキイと知識人とのこと、又女のこと等面白い研究をかいています。 七月十六日 〔市ヶ谷刑・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ そのすりへらされた神経に与える変化は、どうしても濃厚なものでなければなりません。生活に疲れた頭は決して、低声の雑談ではいやされません。 目のさめるような事がなければ息がつけません。 従って彼女等は、濃い色と、強い音調と香気と、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・然し、寅公が六年も辛棒した揚句に、折角辛苦した土地をすてて故郷へかえらねばならなかった程の濃厚な窮乏の気分が十分出ていない。一応とりあげられている、穀物の安価、馬を熊にとられた事件等だけでは読者に北海道へ移住した農民の深刻などたん場の有様が・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・師弟の間は情誼が極めて濃厚であると思う。物集氏とかの二女史に対して薄いとかなんとか云うものがあるようだが、その二女史はどんな人か知らない。随って何とも云われない。 四、貨殖に汲汲たりとは真乎 漱石君の家を訪問したこともな・・・ 森鴎外 「夏目漱石論」
・・・より深き認識への感覚 より深き認識へわれわれの主観を追跡さす作物は、その追跡の深さに従ってまた濃厚な感覚を触発さす。それはわれわれの主観をして既知なる経験的認識から未知なる認識活動を誘導さすことによって触発された感覚である。・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・それから時々往来するようになり、さそわれていっしょにテニスをやりに行ったりなどしたが、似ているのは面ざしだけでなく、性格や気質の上にもかなり濃厚に父親似が感ぜられた。当時ベルリンで逢う日本人のうちでは、一番傑出した人物であったかもしれない。・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・それだけにまた濃厚な諧謔をもって全体を包まなければならなかった。この作はおそらく先生の全生涯中最も道徳的癇癪の猛烈であった時代に書かれたものであろう。念入りに重ねられた諧謔の衣の下からは、世間の利己主義の不正に対する火のような憤怒と、徳義的・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫