・・・今迄薄暗かった空はほのぼのと白みかかって、やわらかい羽毛を散らしたような雲が一杯に棚引き、灰色の暗霧は空へ空へと晴て行く。これでおれのソノ……何と云ったものかしら、生にもあらず、死にもあらず、謂わば死苦の三日目か。 三日目……まだ幾日苦・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・手前隣りの低地には、杉林に接してポプラやアカシヤの喬木がもくもくと灰色の細枝を空に向けている。右隣りの畠を隔てて家主の茅屋根が見られた。 雪庇いの筵やら菰やらが汚ならしく家のまわりにぶら下って、刈りこまない粗葺きの茅屋根は朽って凹凸にな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 勝子 峻は原っぱに面した窓に倚りかかって外を眺めていた。 灰色の雲が空一帯を罩めていた。それはずっと奥深くも見え、また地上低く垂れ下がっているようにも思えた。 あたりのものはみな光を失って静まっていた。ただ遠い・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。「けれども艶福の点において、われわれは樋口に遠く及ばなか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ ボロ/\と、少しずつくずれ落ちそうな灰色の壁には、及川道子と、川崎弘子のプロマイドが飯粒で貼りつけてある。幹部は、こういうものによって、兵卒が寂寥を慰めるのを喜んだ。 六時すぎ、支部馬の力のないいななきと、馬車の車輪のガチャ/\と・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・貧しい家の軒下には、茶色な――茶色なというよりは灰色な荒い髪の娘が立って、ションボリと往来の方を眺めていた。高瀬は途を急ごうともせず、顔へ来る雨を寧ろ楽みながら歩いた。そして寒い凍え死ぬような一冬を始めてこの山の上で越した時分には風邪ばかり・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・要するに新旧いずれに就くも、実行的人生の理想の神聖とか崇高とかいう感じは消え去って、一面灰色の天地が果てしもなく眼前に横たわる。讃仰、憧憬の対当物がなくなって、幻の華の消えた心地である。私の本心の一側は、たしかにこの事実に対して不満足を唱え・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・もう空は日が見えなくなって、重くろしい、落ちかかりそうな、息の詰まるような一面の灰色になっている。老人は丘を下りて河の方へ歩き出した。さて岸の白楊の枯木に背中を寄せかけて坐った。その顔には決断の色が見えている。槌で打ち固めたような表情が見え・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・すると、その中には、きれいな、小さな灰色の馬が、おとなしく立っていました。ちゃんと立派な鞍や手綱がついていて、そのまま乗れるようになっているのです。そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下そろえて釘にかけてありました。 ウイ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・実際は灰色でも野は緑に空は蒼く、世の中はもう夏のとおりでした。おばあさんはこんなふうで、魔術でも使える気でいるとたいくつをしませんでした。そればかりではありません。この窓ガラスにはもう一つ変わった所があって、ガラスのきざみ具合で見るものを大・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫