・・・ 朝飯兼昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵へはいり、二三種の新聞を読みはじめた。新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切っていた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常として・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・床を前に置炬燵にあたっているのが房さんで、こっちからは、黒天鵞絨の襟のかかっている八丈の小掻巻をひっかけた後姿が見えるばかりである。 女の姿はどこにもない。紺と白茶と格子になった炬燵蒲団の上には、端唄本が二三冊ひろげられて頸に鈴をさげた・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・これでここに必要な二人の会話のだいたいはほぼ尽きているのだが、その後また河上氏に対面した時、氏は笑いながら「ある人は私が炬燵にあたりながら物をいっていると評するそうだが、全くそれに違いない。あなたもストーヴにあたりながら物をいってる方だろう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・月もなく、日もなく、樹もなく、草もなく、路もない、雲に似て踏みごたえがあって、雪に似て冷からず、朧夜かと思えば暗く、東雲かと見れば陰々たる中に、煙草盆、枕、火鉢、炬燵櫓の形など左右、二列びに、不揃いに、沢庵の樽もあり、石臼もあり、俎板あり、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・……霜月末の風の夜や……破蒲団の置炬燵に、歯の抜けた頤を埋め、この奥に目あり霞めり。――徒らに鼻が隆く目の窪んだ処から、まだ娑婆気のある頃は、暖簾にも看板にもとかいて、煎餅を焼いて売りもした。「目あり煎餅」勝負事をするものの禁厭になると、一・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 両手を炬燵にさして、俯向いていました、濡れるように涙が出ます。 さっという吹雪であります。さっと吹くあとを、ごうーと鳴る。……次第に家ごと揺るほどになりましたのに、何という寂寞だか、あの、ひっそりと障子の鳴る音。カタカタカタ、白い・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
一 雪の夜路の、人影もない真白な中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机の傍なる置炬燵に、肩まで入って待っていたのが、するりと起直った、逢いに来た婦の一重々々、燃立つような長襦袢・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・また、冬の日のわびしさに、紅椿の花を炬燵へ乗せて、籠を開けると、花を被って、密を吸いつつ嘴を真黄色にして、掛蒲団の上を押廻った。三味線を弾いて聞かせると、音に競って軒で高囀りする。寂しい日に客が来て話をし出すと障子の外で負けまじと鳴きしきる・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・安子は一日中炬燵にあたって、「出ろと云ったって、誰がこんな寒い日に外へ出てやるものか」 そう云いながらゴロゴロしていたが、やがて節分の夜がくると、明神様の豆まきが見たく、たまりかねてこっそり抜け出した。ところが明神様の帰り、しるこ屋・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・身を切るような風吹きて霙降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早く閉めて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉なく堅い男ゆえ炬燵へ潜って寝そべるほどの楽もせず火鉢を控えて厳然と座り、煙草を吹かしながらしきりに首をひねるは句を案ずるなりけり。・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫