・・・「軍司令官閣下の烱眼には驚きました。」 旅団副官は旅団長へ、間牒の証拠品を渡しながら、愛嬌の好い笑顔を見せた。――あたかも靴に目をつけたのは、将軍よりも彼自身が、先だった事も忘れたように。「だが裸にしてもないとすれば、靴よりほか・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・蝶子はむくむく女めいて、顔立ちも小ぢんまり整い、材木屋はさすがに炯眼だった。 日本橋の古着屋で半年余り辛抱が続いた。冬の朝、黒門市場への買出しに廻り道して古着屋の前を通り掛った種吉は、店先を掃除している蝶子の手が赤ぎれて血がにじんでいる・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・僕くらいの炯眼の詩人になると、それを見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者である。 怪談ヨロシ。・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・けだし蕪村の烱眼は早くこれに注意したるものなるべし。古語 もまた蕪村の好んで用いたるものなり。漢語は延宝、天和の間其角一派が濫用してついにその調和を得ず、其角すらこれより後、また用いざりしもの、蕪村に至りてはじめて成功を得たり。古語は元・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・――が、ゴーリキイは、勤労者の若者の炯眼で見破った。労働者には似ていない。――ゴーリキイは銅器工に訊いた。「こちらに仕事はありませんか?」「こちらにゃ、あるが、お前の仕事は、ないね!」 若い縮毛の男はちらりとゴーリキイを見て、再・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ゴーリキイは、社会の下積の者の炯眼で、一目でこれが真実の労働者ではないことを観破したのであった。 この端緒から、当時のカザンに於ける急進的な学生、インテリゲンツィアとゴーリキイとの接触がはじまった。ゴーリキイは、墓場の濃い灌木の茂みの中・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫