・・・ 寝しずまった町並を、張りのある男声の合唱が鳴りひびくと、無頓着な無恥な高笑いがそれに続いた。あの青年たちはもう立止る頃だとクララが思うと、その通りに彼らは突然阪の中途で足をとめた。互に何か探し合っているようだったが、やがて彼ら・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・或いはちゃんと覚えている癖に、成長した社会人特有の厚顔無恥の、謂わば世馴れた心から、けろりと忘れた振りして、平気で嘘を言い、それを取調べる検事も亦、そこのところを見抜いていながら、その追究を大人気ないものとして放棄し、とにかく話の筋が通って・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・悪質の支払主は、そこに相当の才覚と無恥とをくりひろげることは火を見るよりも明らかなのだから。そうしたら、うちはどうしてやって行くのだろう。 学生の生活にも、そういう世間の動きは直接間接に響いているわけと思う。その面からだけでも、家庭と学・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ 当時、一部の文化人と云われる人々は、小林多喜二の貴重な生命が失われたことについて、一語も日本の警察の野蛮さ、無恥さについて憤らず、却って共産党が、あたら小林の才能を挫折させた、という風に批評した。小ざかしげなその種の文章が新聞にいくつ・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・しかしながら挑発者の階級的根源はそれによっては明らかにされず、個人の天性というものに全部罪をかぶせることによって、却って支配階級の計画的無恥、破廉恥的陰謀が覆いつつまれている。そのことによって、同志細田はプロレタリアートにとっては在るに甲斐・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・ゴーリキイは彼の胸をムカムカさせる小市民と、善良な人々ではあるが貧と無恥、野蛮の中にとめられているヴォルガ河岸の家のない羊の塊りのような自由労働者の生活としか知らなかった。 この生活環境の特徴的な事情は、十三歳頃のゴーリキイの成育の中に・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・学生等は、生活のためにパン焼工場へ入った二十歳のゴーリキイが、彼等に会わなかった前のゴーリキイではなくなっているという重大な事実及び暗愚と無恥との中に入って精神的に孤独な境遇に暮すことがゴーリキイにとって、従前とは異った苦痛となっていること・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・しかし彼らが社会の裏に住む無恥な女を描き、性慾の衝動に動く浮薄な男を描き、あるいは山国海辺、あるいは大都会小都会の風物情緒を描く時には、それがあらゆる階級の男女や東西南北の諸地方を材料とするにかかわらず、またそれぞれの境遇や土地をおのおのそ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・しかし、露国の革命には五十年の歳月が必要だと言われているくらいだから、今の無知無恥な混乱も露国としてはやむを得ないかもしれぬ。同じ革命がドイツや英国に起こる時には、決してあんな醜態は見せまい。民衆の教養は共同と秩序とを可能にする。現在民衆の・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・彼はその歓喜を衆人の前に誇示して、Faun らしく無恥に有頂天に踊り回るのである。私たちに嘔吐を催させるものも、彼には Extase を起こす。私たちが赤面する場合に彼は哄笑する。彼は無恥を焦点とする現実主義者である。――Iには売女を思わせ・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫