・・・トルストイが、あのように力をこめて、無実の罪を主張して泣き叫ぶカチューシャにシベリア流刑を宣告する裁判官の、無情な非人間さを描破したのは、なぜだったろう。法律は、権力者によって自分に都合のいいように使われるが、真実の罪は、罪ありとしてさばか・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
・・・ 人類のもつ美しく立派な文学の一つでもが、何かの意味で無情な破壊力の抗議であり、人間の訴えと欲求に立っていないものがあっただろうか。 世界文学の中に日本の現代文学がどういう価値をもつかということは、決して「細雪」をもっていることだけ・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・ 鉢の土は袂屑のような塵に掩われているが、その青々とした色を見れば、無情な主人も折々水位遣らずにはいられない。これは目を娯ましめようとする Egoismus であろうか。それとも私なしに外物を愛する Altruismus であろうか。人・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ それより此の次もう一円増してやる方が、息子の無情な仕打ちを差し引いて功徳になるように思われた。彼女は台所へ戻ると又土瓶を冠って湯を飲んだ。六 勘次は後から追って来る秋三の視線を強く背中に感じ出した。足がだんだんと早くな・・・ 横光利一 「南北」
・・・すなわち自然の美とは、「無常無情の自然物と人間の心とが合致して生まれた暖かき子供」である。人は自然において美を感ずる瞬間に、すでに自ら「製作」しているのである。この考えを押し進めて行けば、同じ事が人間自身の肉体についても言えるであろう。肉体・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
・・・に面して立つ雄々しき労働者は無情なる世人を見て憤怒の念を起こす。綱の切れるはかまわない。ただかの冷ややけき笑いを唇辺に漂わす人の頭に猛烈なる爆烈弾を投げたい。かの嘲笑に報いんためにはあえて数千の兄弟の血を賭する、吾人の憤怒は血に喝く。「人生・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫