・・・何日だっけ北海道へ行く時青森から船に乗ったら、船の事務長が知ってる奴だったものだから、三等の切符を持ってるおれを無理矢理に一等室に入れたんだ。室だけならまだ可いが、食事の時間になったらボーイを寄こしてとうとう食堂まで引張り出された。あんなに・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ そこで、丹造は直営店の乾某がかつて呼吸器を痛めた経験があるを奇貨とし、主恩で縛りあげて、無理矢理に出鱈目の感謝状と写真を徴発した。これが大正十年、肺病全快広告としてあらわれた写真の嚆矢である。 ついで、彼は全国の支店、直営店へ、肺・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・夜中、疲労と睡魔が襲って来ると、以前はすぐ寝てしまったが、今は無理矢理神経を昂奮させて仕事をつづけねば、依頼された仕事の三分の一も捗らないのである。背に腹は代えられず、新吉はおそるおそる自分で注射をするようになった。ヒロポンは不思議に効いた・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・もともと酒場遊びなぞする男ではなかったのだが、ある夜同僚に無理矢理誘われて行き、割前勘定になるかも知れないとひやひやしながら、おずおずと黒ビールを飲んでいる寺田の横に坐った時、一代は気が詰りそうになった。ところが、翌る日から寺田は毎夜一代を・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・あっとしかめた私の顔を、マダムはニイッと見ていたが、やがてチャックをすっと胸までおろすと、私の手を無理矢理その中へ押し込もうとした。円い感触にどきんとして、驚いて汗ばんだ手を引き込めようとしたが、マダムは離さずぎゅっと押えていたが、何思った・・・ 織田作之助 「世相」
・・・という道子を無理矢理東京の女子専門学校の寄宿舎へ入れ、そして自分は生国魂神社の近くにあった家を畳んで、北畠のみすぼらしいアパートへ移り、洋裁学院の先生になったその日から、もう自分の若さも青春も忘れた顔であった。 妹の学資は随分の額だのに・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・たび重なって言いにくいところを、これも約束した手前だと、無理矢理勇気をつけ、誤魔化して貰い、そして再び京都に戻って来ると、もうすっかり黄昏で、しびれをきらした友達がいつまでも約束の場所に待っている筈もない。失敗た、とあの人は約束の時間におく・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・恥しいものですと断ってみても、無理矢理本屋に原稿を持っていかれたと体裁の良い弁明をしてみても、出す以上は駄目である。よくよく恥しいという謙遜の美徳があれば、その人の芸術的良心にかけても、たれも本にすまい。人に読ませる積りで書いたのではないと・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・なにもかもその道が無理矢理にひきずって行く。それは佐伯自身の病欝陰惨の凸凹の表情を呈して、頽廃へ自暴自棄へ恐怖へ死へと通じているのだと、もうその頃は佐伯はその気もなく諦めていたらしい。つまりはその道だったんだ、しかも暗闇だけがその道をいやな・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 銀色の紐を通した一組七枚重ねの、葉形カードに仕上げて、キャバレエの事務所へ届けに行くと、一組分買え、いやなら勘定から差引くからと、無理矢理に買わされてしまった。帰って雇人に呉れてやり、お前行けと言うと、われわれの行くところでないと辞退・・・ 織田作之助 「雪の夜」
出典:青空文庫