・・・これは勿論独逸人の――或は全西洋人の用法を無視した新例である。しかし全能なる「通用」はこの新例に生命を与えた。「門前雀羅を張る」の成語もいつかはこれと同じように意外の新例を生ずるかも知れない。 すると或評論家は特に学識に乏しかったのでは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし父はどう云う訣か、全然この差別を無視している。……「殺された蟻は死んでしまったのさ。」「殺されたのは殺されただけじゃないの?」「殺されたのも死んだのも同じことさ。」「だって殺されたのは殺されたって云うもの。」「云っ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・それを私は無視しているものではない。それはあまりに明白な事実であるがゆえに、問題にしなかっただけのことだ。 私の考えるところによれば、おのずから芸術家と称するものをだいたい三つに分けることができる。第一の種類に属する人は、その人の生活全・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・人が思考する瞬間、行為する瞬間に、立ち現われた明確な現象で、人力をもってしてはとうてい無視することのできない、深奥な残酷な実在である。七 我らはしばしば悲壮な努力に眼を張って驚嘆する。それは二つの道のうち一つだけを選み取って・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・之を重視するのが誤まっておるのだが、二十五六年前には全然社会から無視せられていた文芸の存在を政府が認めて文芸審査に着手したのは左も右くも時代の大進歩である。 文学も亦一つの職業である。世間には往々職業というと賤視して顰蹙するものもあるが・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
もし、その作家が、真実であるならば、どんな小さなものでも、また、どんな力ないものでも、これを無視しようとは思わないでありましょう。 個人は、集団に属するのが本当だというようなことから、なんでも、集団的に、階級的に見ようとするのは、・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ しかし、科学的知識のみを基礎とした読物は、たとえ好奇心と興味とを多分に持たせることはできても、個性や、特質や、体験ということを無視するが故に、いまだこれをもって真の理解に到達したとはいえないのであります。そしてその暁は、かの架空的なお・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ 男は女のいることなぞまるで無視したように、まくし立て、しまいには妙な笑い声を立てた。「いずれ、こんど……」 機会があったら飲みましょうと、ともかく私は断った。すると、男は見幕をかえて、「こない言うても飲みはれしまへんのんか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・いや、大阪弁だけではない、小説家は妙に会話の書き方を無視するが、会話が立派に書けなければ一人前の小説家ではない。無名の人たちの原稿を読んでも、文章だけは見よう見真似の模倣で達者に書けているが、会話になるとガタ落ちの紋切型になって失望させられ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫