・・・「諸人に好かれる法、嫌われぬ法も一所ですな、愛嬌のお守という条目。無銭で米の買える法、火なくして暖まる法、飲まずに酔う法、歩行かずに道中する法、天に昇る法、色を白くする法、婦の惚れる法。」 四「お痛え、痛え、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――これを視めるのは無銭だ。酒は高価え、いや、しかし、見事だ。ああ、うめえ。万屋 くだらない事を言いなさるな、酔ったな、親仁。……人形使 これというも、酒の一杯や二杯ぐれえ、時たま肥料にお施しなされるで、弘法様の御利益だ。万屋 ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・バラックの天婦羅屋へはいって一皿五円の天婦羅を食べ、金を払おうとすると掏られていた。無銭飲食をする気かと袋叩きに会い、這うようにして地下道へ帰り、痛さと空腹と蝨でまんじりともせず、夜が明けると一日中何も食わずにブラブラした。切符を買う元手も・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お相撲さんの舟に無銭で乗せてもらって往還りして彼処で釣ったのだよ。 無銭で乗せてもらっての一語は偶然にその実際を語ったのだろうが、自分の耳に立って聞えた。お相撲さんというのは、当時奥戸の渡船守をしていた相撲上りの男であったのである。少年・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ただとは、無銭の謂いである。けれどもこの七篇はそれぞれ、私の生涯の小説の見本の役目をなした。発表の当時こそ命かけての意気込みもあったのであるが、結果からしてみると、私はただ、ジャアナリズムに七篇の見本を提出したに過ぎないということになったよ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・二つの監房に二十何人かの男が詰っているがそれらはスリ、かっぱらい、無銭飲食、詐欺、ゆすりなどが主なのだ。 看守は、雑役の働く手先につれて彼方此方しながら、「この一二年、めっきり留置場の客種も下ったなア」と、感慨ありげに云った。・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫