・・・ 先生の金銭上の考えも、まったく西洋人とは思われないくらい無頓着である。先生の宅に厄介になっていたものなどは、ずいぶん経済の点にかけて、普通の家には見るべからざる自由を与えられているらしく思われた。このまえ会った時、ある蓄財家の話が出た・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・を受けているのだから、現代と日本と開化と云う三つの言葉は、どうしても諸君と私とに切っても切れない離すべからざる密接な関係があるのは分り切った事ですが、それにもかかわらず、御互に現代の日本の開化について無頓着であったり、または余りハッキリした・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ しかるに各課担任の教師はその学問の専門家であるがため、専門以外の部門に無識にして無頓着なるがため、自己研究の題目と他人教授の課業との権衡を見るの明なきがため、往々わが範囲以外に飛び超えて、わが学問の有効を、他の領域内に侵入してまでも主・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるるこ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・へつつ、かたへなるところに身をちひさくなしてこのをの子のありさま見をる、我ながらをかしさねんじあへてあるじをもここにかしこに追たてて壁ぬるをのこ屋中塗りめぐる 家の狭さと、あるじの無頓着さとはこの言葉書の中にあらわれて、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・母は性来余り動物好きではなかったし、父は、全然無頓着な方であった。後年、鴨、鳩、鶏がかなり大仕掛けに飼養された前後にも、猫と犬とは、私共の家庭に、一種の侵入者としての関係しか持たなかった。 私は、猫の美と性格のある面白さを認めはするが、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・其にも無頓着で、彼等は、清らかな朝日を浴びて、枝から枝へと遊んで居る。いずれ行儀のわるい「じゅうしまつ」が、例の通り体ごと餌壺に入って、ちっ、ちっと、首を振り振り撒きちらしたのだろう。私はそのまま忘れて仕舞った。 やがて昼近くなり、まつ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・これは全く無頓着な人である。 つぎに着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事をなげうつこともあれば、日々の務めは怠らずに、たえず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じことで・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 主人は饂飩だけ相伴して、無頓着らしい顔に笑を湛えながら、二人の酒を飲むのを見ている。話はしめやかである。ただ富田の笑う声がおりおり全体の調子を破って高くなる。この辺は旭町の遊廓が近いので、三味や太鼓の音もするが、よほど鈍く微かになって・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ このような生死に対する無頓着が先生のはいって行こうとした世界であった。先生はそこに到着するまでの種々の心持ちを製作の内に現わしている。『門』『彼岸過迄』『行人』『心』などはその著しいものである。ここにも開展のあとは認められる。『心』に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫