・・・ 処女は処女としての憧憬と悩みのままに、妻や、母は家庭や、育児の務めや、煩いの中に、職業婦人は生活の分裂と塵労とのうちに、生活を噛みしめ、耐え忍びよりよきを望みつつ、信仰を求めて行くべきである。 信仰を求める誠さえ失わないならば、ど・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・殿「誠に久しく会わんのう」七「へえ」殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」七「へえ」殿「他へでも往ったか」七「へえ」殿「煩いでもしたか」七「へえ」殿「然うでもないようだな」七「へえ」殿・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・それに、電話がすぐそばにあるので、間断なしに鳴ってくる電鈴が実に煩い。先生、お茶の水から外濠線に乗り換えて錦町三丁目の角まで来ておりると、楽しかった空想はすっかり覚めてしまったような侘しい気がして、編集長とその陰気な机とがすぐ眼に浮かぶ。今・・・ 田山花袋 「少女病」
去年の夏信州沓掛駅に近い湯川の上流に沿うた谷あいの星野温泉に前後二回合わせて二週間ばかりを全く日常生活の煩いから免れて閑静に暮らしたのが、健康にも精神にも目に見えてよい効果があったように思われるので、ことしの夏も奮発して出・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・今更らしく死んだ人を悲しむのでもなく妹の不幸を女々しく悔やむのでもないが、朝に晩に絶間のない煩いに追われて固く乾いた胸の中が今日の小春の日影に解けて流れるように、何という意味のない悲哀の影がゆるんだ平一の心の奥底に動くのであった。 宅へ・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・私がもし古美術の研究家というような道楽をでももっていたら、煩いほど残存している寺々の建築や、そこにしまわれてある絵画や彫刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ わたくしは人に道をきく煩いもなく、構内の水溜りをまたぎまたぎ灯の下をくぐると、家と亜鉛の羽目とに挟まれた三尺幅くらいの路地で、右手はすぐ行止りであるが、左手の方に行くこと十歩ならずして、幅一、二間もあろうかと思われる溝にかけた橋の上に・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・すくなくとも家庭上の煩いなどから、絶えず苛々して居た古い気分が一掃されて来た。今の新しい僕は、むしろ親しい友人との集会なども、進んで求めるようにさえ明るくなってる。来訪客と話すことも、昔のように苦しくなく、時に却って歓迎するほどでさえもある・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・展開されゆく道中の景色を楽しく語合うことも出来ますし、それに一人旅のような無意味な緊張を要しないで気安い旅が出来るように思います。煩いのない静かなところに旅行して暫く落ちついてみたい――こんな慾望を持っていますが、さて容易いようで実行できな・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ わたくしには、わたくしが女であるための煩いが多い。いまにだんだんそういう自分に超越して、変な目でわたくしのものを読む人にも平気になれるであろうけれど。〔一九二七年四月〕 宮本百合子 「感情の動き」
出典:青空文庫