・・・ 実は――前年一度この温泉に宿った時、やっぱり朝のうち、……その時は町の方を歩行いて、通りの煮染屋の戸口に、手拭を頸に菅笠を被った……このあたり浜から出る女の魚売が、天秤を下した処に行きかかって、鮮しい雑魚に添えて、つまといった形・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 真中の卓子を囲んで、入乱れつつ椅子に掛けて、背嚢も解かず、銃を引つけたまま、大皿に装った、握飯、赤飯、煮染をてんでんに取っています。 頭を振り、足ぶみをするのなぞ見えますけれども、声は籠って聞えません。 ――わあ―― と罵・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・「足袋の上へ雨といっしょに煮染んでる」「痛そうだね」「なあに、痛いたって。痛いのは生きてる証拠だ」「僕は腹が痛くなった」「濡れた草の上に腹をつけているからだ。もういいから、立ちたまえ」「立つと君の顔が見えなくなる」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫