・・・現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教誨師等は四十八時間熟睡したそうである。その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。 ついでに蟹の死んだ・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・――公衆は如何にこう云った後、豚のように幸福に熟睡したであろう。 又 天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。 輿論 輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 仁右衛門はふと熟睡から破られて眼をさました。その眼にはすぐ川森爺さんの真面目くさった一徹な顔が写った。仁右衛門の軽い気分にはその顔が如何にもおかしかったので、彼れは起き上りながら声を立てて笑おうとした。そして自分が馬力の上にいて自分の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 罪に触れた者が捕縛を恐れて逃げ隠れしてる内は、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られないが、いよいよ捕えられて獄中の人となってしまえば、気も安く心も暢びて、愉快に熟睡されると聞くが、自分の今夜の状態はそれに等しいのであるが、将来・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・家人は階下で熟睡しているらしい。 風が敲くにしては大きすぎる。といってこんな夜更けに客が来るわけもない。原稿の催促の電報が来たのだろうか。が、近頃の郵便局は深夜配達をしてくれる程親切ではない。してみれば押込強盗かも知れない。この界隈はま・・・ 織田作之助 「世相」
・・・親父も弁公も昼間の激しい労働で熟睡したが文公は熱と咳とで終夜苦しめられ、明け方近くなってやっと寝入った。 短夜の明けやすく、四時半には弁公引き窓をあけて飯をたきはじめた。親父もまもなく起きて身じたくをする。 飯ができるや、まず弁公は・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう、何もしたくない。熟睡していないせいかしら。朝は健康だなんて、あれは嘘。朝は灰色。いつもいつも同じ。一ばん虚無だ。朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。いやになる。いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・低く小さい、鼻よりも、上唇一、二センチ高く腫れあがり、別段、お岩様を気にかけず、昨夜と同じに熟睡うまそう、寝顔つくづく見れば、まごうかたなき善人、ひるやかましき、これも仏性の愚妻の一人であった。 山上通信太宰治 ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・あさましいまでに、私は、熟睡を渇望する。ああ、私は眠りを求める乞食である。 ゆうべも、私は、そうしていた。ええと、彼女は、いや彼氏は、横浜へ釣りをしに出かけた。横浜には、釣りをするようなところはない。いや、あるかも知れない。ハゼくらいは・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫