・・・ 妙子は何度も心の中に、熱心に祈りを続けました。しかし睡気はおいおいと、強くなって来るばかりです。と同時に妙子の耳には、丁度銅鑼でも鳴らすような、得体の知れない音楽の声が、かすかに伝わり始めました。これはいつでもアグニの神が、空から降り・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・冷え切った山の中の秋の夜の静まり返った空気の中を、その人たちの跫音がだんだん遠ざかって行った。熱心に帳簿のページを繰っている父の姿を見守りながら、恐らく父には聞こえていないであろうその跫音を彼は聞き送っていた。彼には、その人たちが途中でどん・・・ 有島武郎 「親子」
・・・も一般的なる定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、それに対する無用の反駁とが、その熱心を失った状態をもっていつまでも継続さ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
僕は随分な迷信家だ。いずれそれには親ゆずりといったようなことがあるのは云う迄もない。父が熱心な信心家であったこともその一つの原因であろう。僕の幼時には物見遊山に行くということよりも、お寺詣りに連れられる方が多かった。 ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ときどきの消息に、帰国ののちは山中に閑居するとか、朝鮮で農業をやろうとか、そういうところをみれば、君に妻子を忘れるほどのある熱心があるとはみえない。 こういうと君はまたきっと、「いやしくも男子たるものがそう妻子に恋々としていられるか」と・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・しかし、僕は、どんな難局に立っても、この女を女優に仕立てあげようという熱心が出ていた。 六 僕は井筒屋の風呂を貰っていたが、雨が降ったり、あまり涼しかったりする日は沸たないので、自然近処の銭湯に行くことになった。吉弥・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、椿岳の感嘆者また蒐集家としては以上の数氏よりも遅れているが、最も熱心に蒐集したのは銀座の天居であった。天居といっては誰も余り知るまいが、天金といったら東京の名物の一つとしてお上りさんの赤ゲットにも知られてる旗亭の主人である。天居は風雅の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・余り女が熱心なので、主人も吊り込まれて、熱心になって、女が六発打ってしまうと、直ぐに跡の六発の弾丸を込めて渡した。 夕方であったのが、夜になって、的の黒白の輪が一つの灰色に見えるようになった時、女はようよう稽古を止めた。今まで逢ったこと・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・のぶ子は、熱心に、母が、箱を開けるのをながめていました。やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みん・・・ 小川未明 「青い花の香り」
出典:青空文庫