・・・彼れは道の向側の立樹の幹に馬を繋いで、燕麦と雑草とを切りこんだ亜麻袋を鞍輪からほどいて馬の口にあてがった。ぼりりぼりりという歯ぎれのいい音がすぐ聞こえ出した。彼れと妻とはまた道を横切って、事務所の入口の所まで来た。そこで二人は不安らしく顔を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・木蓋の上へは燕麦の這入った袋を持ってきて積み重ね、穴倉があることを分らなくした。 豆をはぜらすような鉄砲の音が次第に近づいて来た。 ウォルコフのあとから逃げのびたパルチザンが、それぞれ村へ馳せこんだ。そして、各々、家々へ散らばった。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・「ここへは燕麦を作って見ました。私共の畠は学校の小使が作ってます」 先生はその石の多い耕地を指して見せた。 塾の庭へ出ると、桜の若樹が低い土手の上にも教室の周囲にもあった。ふくらんだ蕾を持った、紅味のある枝へは、手が届く。表門の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 丘はすっかり緑でほたるかずらの花が子供の青い瞳のよう、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光っておりました。風はもう南から吹いていました。 春の二つのうずのしゅげの花はすっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。野原のポプラの・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・ 赤シャツの農夫は炉のそばの土間に燕麦の稈を一束敷いて、その上に足を投げ出して座り、小さな手帳に何か書き込んでいました。 みんなは本部へ行ったり、停車場まで酒を呑みに行ったりして、室にはただ四人だけでした。(一月十日、玉蜀黍脱穀と赤・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・即ち世界中の小麦と大麦米や燕麦蕪菁や甘藍あらゆる食品の産額を発見して先ず第一にその中から各々家畜の喰べる分をさし引きます。その際あんまりびっくりなさいませんように。次にその残りの各々から蛋白質脂肪含水炭素の可消化量を計算してそれから各の発す・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ そこでペンネンネンネンネン・ネネムは、燕麦を一把と、豆汁を二リットルで軽く朝飯をすまして、それから三十人の部下をつれて世界長の官邸に行きました。 ばけもの世界長は、もう大広間の正面に座って待っています。世界長は身のたけ百九十尺もあ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ そこらの畑では燕麦もライ麦ももう芽をだしていましたし、これから何か蒔くとこらしくあたらしく掘り起こされているところもありました。 そしていつかわたくしは町から西南の方の村へ行くみちへはいってしまっていました。 向うからは黒い着・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ その一方にこういう事情がある。燕麦の収穫が一九二九年は多くなかった。日本女は、今日び馬を食わせるのに云々という御者の言葉は、だからそれ自身としては十分信じ得る。そのことはこの頑固そうな中年男が云うばかりでない。穀物生産組合がすでに問題・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫