・・・おぎんの父母は大阪から、はるばる長崎へ流浪して来た。が、何もし出さない内に、おぎん一人を残したまま、二人とも故人になってしまった。勿論彼等他国ものは、天主のおん教を知るはずはない。彼等の信じたのは仏教である。禅か、法華か、それともまた浄土か・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ × × × しかし銭塘の瞿祐は勿論、幸福に満ちた王生夫婦も、舟が渭塘を離れた時、少女の父母が交換した、下のような会話を知らなかった。父母は二人とも目かげをしながら、水際の柳や・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ ○ クララは父母や妹たちより少しおくれて、朝の礼拝に聖ルフィノ寺院に出かけて行った。在家の生活の最後の日だと思うと、さすがに名残が惜しまれて、彼女は心を凝らして化粧をした。「クララの光りの髪」とアッシジで歌われ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大切な書類、器具、物品、軽少にもしろ、あらゆる財産、一切の身代、祖先、父母の位牌。実際、生命と斉しいものを残らず納れてあるのです。 が、開けない以上は、誓って、一冊の旅行案内といえども取出・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ が、炎天、人影も絶えた折から、父母の昼寝の夢を抜出した、神官の児であろうと紫玉は視た。ちらちら廻りつつ、廻りつつ、あちこちする。…… と、御手洗は高く、稚児は小さいので、下を伝うてまわりを廻るのが、さながら、石に刻んだ形が、噴溢れ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・孝経の中に身体髪膚受之父母。不敢毀傷孝之始也。と、いってあった。 彼は、自分の未だ至らぬのを心の中で、悔いたのでありました。 小川未明 「空晴れて」
・・・五人の幼い子供達。父母。祖母。――賑かな、しかし寂しい一行は歩み出した。その時から十余年経った。 その五人の兄弟のなかの一人であった彼は再びその大都会へ出て来た。そこで彼は学狡へ通った。知らない町ばかりであった。碁会所。玉突屋。大弓・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・Aが自分の欲している道をゆけば父母を捨てたことになります。少くも父母にとってはそうです。Aの問題は自ら友人である私の態度を要求しました。私は当初彼を冷そうとさえ思いました。少くとも私が彼の心を熱しさせてゆく存在であることを避けようと努めまし・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 恋しき父母兄弟に離れ、はるばると都に来て、燃ゆるがごとき功名の心にむちうち、学問する身にてありながら、私はまだ、ほんのこどもでしたから、こういういたずらも四郎と同じ心のおもしろさを持っていたのです。 十幾本の鉤を凧糸につけて、その・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。 叔父の家はその土地の豪家で、山林田畑をたくさん持って、家に使う男女も常に七八人いたのである。僕は僕の少年の時・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
出典:青空文庫