朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔・・・ 織田作之助 「妻の名」
大晦日に雪が降った。朝から降り出して、大阪から船の著く頃にはしとしと牡丹雪だった。夜になってもやまなかった。 毎年多くて二度、それも寒にはいってから降るのが普通なのだ。いったいが温い土地である。こんなことは珍しいと、温・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・日の暮れかたからちらちらしはじめ間もなくおおきい牡丹雪にかわり三寸くらい積ったころ、宿場の六個の半鐘が一時に鳴った。火事である。次郎兵衛はゆったりゆったり家を出た。陣州屋の隣りの畳屋が気の毒にも燃えあがっていた。数千の火の玉小僧が列をなして・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・空からドンドン降るのを見るとまるで灰みたいなものが、地面から或る距離のところまで落ちて来ると、急に真白な牡丹雪となる。藍子はそれが面白く、降る雪のはやさと競争するように歩いて尾世川の家へ廻った。「いよう! えらい元気ですね」「――あ・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫