・・・ 旦那の牧野は三日にあげず、昼間でも役所の帰り途に、陸軍一等主計の軍服を着た、逞しい姿を運んで来た。勿論日が暮れてから、厩橋向うの本宅を抜けて来る事も稀ではなかった。牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。 この頃丸髷に・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・口には言えぬが私は誠実でございます、か。牧野君から聞いたか? どんづまりのどん底、おのれの誠実だけは疑わず、いたる所、生命かけての誠実ひれきし、訴えても、ただ、一路ルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、眼をぱちくり、三日三晩ねむらず考え・・・ 太宰治 「創生記」
・・・植物界への注意が復活しかけたのと、もう一つには自分の目下の研究の領域が偶然に植物生理学の領域と接触し始めたために、この好機会を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野氏著「植物図鑑」を携帯して行って、少・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・とは邦語の学名で何に当るかという質問を受けて困ってしまって同郷の牧野富太郎博士の教えを乞うてはじめてそれが「メヒシバ」だということを知った。その後の同様な質問に対しては、さもさも昔から知っていたような顔をして返答することが出来た。ところがあ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・に於て、五十嵐が牧野を酷評するモメントを、その意識的思想と実際の生活感情の乖離においていることに対して、のべられているのである。 石坂氏の「悪作家より」とこの大森氏の感想文とをあわせ読み、私は、日本における左翼運動が、世界独特な高揚と敗・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ 四 牧野信一の自殺は、当時作家の生活感情に一つの深く暗い衝撃を与えた出来事であった。当時は純文学の作家が思想的にさまざまの苦痛混乱に曝されていたばかりでなく、経済的にも益々逼迫して来る不安におかれている時・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・例えば牧野信一の「ゼーロン」川端康成の或る作品などは表面個人主義的な現実からの逃避を示しながら、現在の火華の出るような階級対立の現実から自身、眼を外らし、同時に読者をも科学的な世界観から切り離してくる点において完全にファッシズムの一つの支柱・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・を書いてロマン主義へ逃げ込んだ牧野信一にしろ、この「抒情歌」の作者にしろ、ブルジョア・インテリゲンチアが政治的危機においては、その紛糾をいとわしいものとして避けようとする意図しかないにしろ、客観的には自覚された悪意はないにしろ、階級的にどう・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 一、保姆の手記 牧野幸子 いくらか感想文の調子の流れこんだ報告文学であると思います。働く母たちとその子への情愛はよく汲みとれますが、ルポルタージュとすると、朝七時出勤してから、その母たちが何時と何時に何分ずつ授乳の時間をもって・・・ 宮本百合子 「ルポルタージュの読後感」
・・・それは後に牧野富太郎君に尋ねて知るまで、あの植物の形をはっきり想い浮べていなかったためである。ブレッテルはブルウメンブレッテルだと云って聞せてくれられたのは伊庭君である。この誤訳は牧野君の意見をも質した上で私が承認した。十 ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫