・・・角顋は、ポケットから朝日を一本出して、口へくわえながら、「こう云うものが出来ると、羊頭を掲げて狗肉を売るような作家や画家は、屏息せざるを得なくなります。何しろ、価値の大小が、明白に数字で現れるのですからな。殊にゾイリア国民が、早速これを税関・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ツに向った卓子が、人知れず、脚を上げたり下げたりする、幽な、しかし脈を打って、血の通う、その符牒で、黙っていて、暗号が出来ると、いつも奥様がおっしゃるもんだから、――卓子さん殊にお前さんは三ツ脚で、狐狗狸さん、そのままだもの。活きてるも同じ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・る途中、ついこの近まわりに、冷たい音して、川が流れて、橋がかかって、両側に遊廓らしい家が並んで、茶めしの赤い行燈もふわりと目の前にちらつくのに――ああ、こうと知ったら軽井沢で買った二合罎を、次郎どのの狗ではないが、皆なめてしまうのではなかっ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・……これを見ると、羨ましいか、桶の蔭から、むくと起きて、脚をひろげて、もう一匹よちよちと、同じような小狗は出て来ても、村の閑寂間か、棒切持った小児も居ない。 で、ここへ来た時……前途山の下から、頬被りした脊の高い草鞋ばきの親仁が、柄の長・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・私はそれが可羨しい。狗の子だか、猫の子だか、掃溜ぐらいの小屋はあっても、縁の下なら宿なし同然。このお邸へ来るまでは、私は、あれ、あの、菊の咲く、垣根さえ憚って、この撫子と一所に倒れて、草の露に寝たんですよ。りく あら、あんな事を。そ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・僅かに『神稲水滸伝』がこれより以上の年月を費やしてこれより以上の巻を重ねているが、最初の構案者たる定岡の筆に成るは僅かに二篇十冊だけであって爾余は我が小説史上余り認められない作家の続貂狗尾である。もっともアレだけの巻数を重ねたのはやはり相当・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 街頭狗肉を売るところの知的商人、いつわりの説教師たちを輩出せしめる現代ジャーナリズムに毒されたる読書青年が、かような敬虔な期待を持つことができないのは同情に値する。しかしながらジャーナリズムはまた需要にこたえるものでもある。読書子の書・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々に遠くの方を通ると、狗は却って其様子を怪んで、ややもすると吠えつく。余り早いので人通は少し、これには実に弱りました。或朝などは怖々ながらも、また今にも吠えられるか噛みつかれるかと思って、其犬の方ばかり・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・巌といえば日光の華厳の滝のかかれる巌、白石川の上なる材木巌、帚川のほとりの天狗巌など、いずれ趣致なきはなけれど、ここのはそれらとは状異りて、巌という巌にはあるが習いなる劈痕皺裂の殆どなくして、光るというにはあらざれど底におのずから潤を含みた・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・まだこの世界は金銭が落ちてる、大層くさくどこへ行っても金金と吐しゃあがってピリついてるが、おれの眼で見りゃあ狗の屎より金はたくさんにころがってらア。ただ狗の屎を拾う気になって手を出しゃあ攫取りだ、真の事たあ、馬鹿な世界だ。「訳が解らない・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫