・・・聞くところによれば現代の小学生は小遣銭を運動費となして、級長選挙の事に狂奔することを善事となしているというではないか。 市中行賈の中、恰も雁の去る時燕の来るが如く、節序に従って去来するものは、今の世に在っても往々にして人の詩興を動かす。・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是なく煩悶し、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔する底の同情ではない。傍から見て気の毒の念に堪えぬ裏に微笑を包む同情である。冷刻ではない。世間と共にわめかないばかりである。 し・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ファシスト権力の狂奔はその時期に入って白熱した。人々の不安を国家存亡の危機という表現に結集させた。ひとことも、軍事的天皇制権力崩壊の危機とはいわなかった。正直な人々は、伝統的な感情にしたがって、国家が危急に瀕しているとき、まだとやかくいって・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・おのれのみが志を遂げんために利を逐うて狂奔する虚業家、或いは政治家、おのれの心のみを倦まざらしめんためにホテルへ踊りに行く貴族富豪、それらを見て父の心には勃然として怒りの情が動きはしまいか。今や、皇室をねらう不埒漢さえも出た非常の時である。・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・我々の眼前に万をもって数うべき人々がそれでもって狂喜し狂奔し狂苦している。さらにまた新しい「神の子」が五指を屈するほどに出現している。それは少なくとも現実である。そうして眼を開いて見るものには、人間の自然である。 これはドストイェフスキ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫