・・・小杉君や神代君は何れも錚々たる狩猟家である。おまけに僕等の船の船頭の一人も矢張り猟の名人だということである。しかしかゝる禽獣殺戮業の大家が三人も揃っている癖に、一羽もその日は鴨は獲れない。いや、鴨たると鵜たるを問わず品川沖におりている鳥は僕・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ 空気銃を取って、日曜の朝、ここの露地口に立つ、狩猟服の若い紳士たちは、失礼ながら、犬ころしに見える。 去年の暮にも、隣家の少年が空気銃を求め得て高く捧げて歩行いた。隣家の少年では防ぎがたい。おつかいものは、ただ煎餅の袋だけれども、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・実はそれは美的狩猟の心理なのだ。 恋愛には必ず相手への敬の意識がある。思慕と憧憬との精神的側面があり、誇張していえば、跪きたくなる感情がある。そして対象は単一的であって並列的ではない。美的狩猟はならべ描くことによって情緒をますのだ。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、公達は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこを己れの楽しい狩猟と逢引の場所とした。市長は巷を分捕り、漁人は水辺におのが居を定めた。総ての分割の、とっくにすんだ後で、詩人・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・あまりに数多い、あれもこれもの猟犬を、それは正に世界中のありとあらゆる種属の猟犬だったのかも知れない、その猟犬を引き連れて、意気揚々と狩猟に出たはよいが、わが家を数歩出るや、たちまち、その数百の猟犬は、てんでんばらばら、猟服美々しく着飾った・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・の機会に少しばかり書いたことがあったような気がするが、今はっきり思い出せないし、それに、事柄は同じでも雑誌『野鳥』の読者にはたぶんまた別な興味があるかもしれないと思うからそういう意味で簡単にこの珍しい狩猟法について書いてみることとする。・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・それには狩猟や魚族を主題としたものもあった。大きな浴場の跡もあった。たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚が日本の洗湯のそれと似ているのもおもしろかった。風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけっ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 昔は鹿や猿がずいぶん多くて狩猟の獲物を豊富に供給したらしいことは、たとえば古事記の雄略天皇のみ代からも伝わっている。しかし人口の増殖とともに獲物が割合に乏しくなり、その事が農業の発達に反映したということも可能である。それが仏教の渡来と・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・「午后は第一学年は修身と護身、第二学年は狩猟術、第三学年は食品化学と、こうなっていますがいずれもご参観になりますか。」「さあみんな拝見いたしたいです。たいへん面白そうです。今朝からあがらなかったのが本当に残念です。」「いや、いず・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・スウェーデンの若い女王クリスチナがスペインから王の求婚使節になって来たある公爵だかと、計らず雪の狩猟の山小舎で落ち合い、クリスチナが男の服装なのではじめ青年と思い一部屋に泊り、三日三晩くらすうちクリスチナが女であることがわかり互に心をひきつ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫