・・・……そんなことを独り合点した事も思出しておかしいし、余り様子が変っているので、心細いようにもなって、ついうっかりして――活動写真の小屋が出来た……がらんとしている、不景気だな、とぎょっとして、何、昼間は休みなのだろう、にしておいたよ。そうい・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・すると磯九郎は自分が大手柄でも仕たように威張り散らして、頭を振り立てて種々の事を饒舌り、終に酒に酔って管を巻き大気焔を吐き、挙句には小文吾が辞退して取らぬ謝礼の十貫文を独り合点で受け取って、いささか膂力のあるのを自慢に酔に乗じてその重いのを・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・自分は、君の無意識な独り合点の強さに呆れました。作品の中の君は単純な感傷家で、しかもその感傷が、たいへん素朴なので、自分は、数千年前のダビデの唄をいま直接に聞いているような驚きをさえ感じました。自分は君の作品を読んで久し振りに張り合いを感じ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私のそんな独り合点は、見事にはずれていました。そのひとの際立った不思議な美しさの原因は、もっと厳粛な、崇高といっていいほどのせっぱつまった現実の中にあったのです。或る夕方、私は、三度目の工場訪問を終えて工場の正門から出た時、ふと背後に少女た・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・私は何というひどい独り合点をしていたのでしょう。滅っ茶、滅茶。菊子さん。顔から火が出る、なんて形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。「それでは、あの手紙を返して下さい。恥ずかしくていけません。返・・・ 太宰治 「恥」
・・・けれども、新宿の若松屋のおかみさんは、僕の連れて行く客は、全部みな小説家であると独り合点している様子で、殊にも、その家の女中さんのトシちゃんは、幼少の頃より、小説というものがメシよりも好きだったのだそうで、僕がその家の二階に客を案内するとも・・・ 太宰治 「眉山」
・・・などと彼は独り合点をしているのである。水平に持って歩いていた網を前下がりに取り直し、少し中腰になったまま小刻みの駆け足で走り出した。直径百メートルもあるかと思う円周の上を走って行くその円の中心と思う辺りを注意して見るとなるほどそこに一羽の鳥・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・それでやっと述べ得た事すらも多くは平凡でなければ不得要領であったり独り合点に終っているかもしれない。 青楓論と題しながら遂に一種の頌辞のようなものになってしまった。しかしあらを捜したり皮肉をいうばかりが批評でもあるまい。少しでも不満を感・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・従って抽象的であり、且つ独り合点の事があって、叙述が充分ではなかったかも知れません。然し、あれはあの儘で是非御目にかける必要がございます。言葉に表現する事は非常に困難なほど、私の心に喰い込んで起った現象なのでございますから。私は先生が、あの・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・真似したとすれば、彼の文章の調子の最も消極的であるところだけが瑣末的な精密さや、議論癖、大袈裟な形容詞、独り合点などだけが、大きいボロのような重さで模倣者の文章にのしかかり、饐えた悪臭を発するに過ぎないであろう。 バルザックの文体を含味・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫