・・・「こう云う狭隘な所だから、敬礼も何もせなくとも好い。お前達は何聯隊の白襷隊じゃ?」 田口一等卒は将軍の眼が、彼の顔へじっと注がれるのを感じた。その眼はほとんど処女のように、彼をはにかませるのに足るものだった。「はい。歩兵第×聯隊・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・縦令この地域は狭隘であり磽であっても厳として独立した一つの王国であった。椿岳は実にこの椿岳国という新らしい王国の主人であった。 この椿岳国の第一の名産たる画はどんな作である乎、先年の椿岳展覧会は一部の好事家間に計画されたので、平生相知る・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・若い人が常に眷いて集まったので推しても、一部に噂されるような偏屈な狭隘な人でなかったのは明白である。 だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になった・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・個性を発展せしめるためには狭隘な孤立的自己に閉じこもらず、社会連帯の生活の中に、できるだけ他と協働する生活をひろげなくてはならぬ。最高の徳は義侠である。カントは「汝はなさねばならぬ、それ故なし得る」といったが、これは顛倒されねばならぬ。「汝・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 何ゆえに自分がここでこのような、読者にとってはなんの興味もない一私人の経験を長たらしく書き並べたかというと、これだけの前置きが、これから書こうとするきわめて特殊な、そうして狭隘で一面的な文学観を読者の審判の庭に供述する以前にあらかじめ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風からは始めて連歌の概念を授けられ、太田水穂氏の「芭蕉俳諧の根本問題」からは多くの示唆を得た。幸田露伴氏の七部集諸抄や、阿部小宮その他諸学者共著の芭蕉俳諧研究のシリーズも有益・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そうしてその指揮者の頭がよほど幅員が大きく包容力が豊かでなければ、結局狭隘な独吟的になるか、さもなくばメンバーのほうでつまらなくておしまいまでやり切れないであろうと思われる。しかしともかくもこういう試みは未来の連句のためにわれわれの努力し刻・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・わたくしをして言わしむれば、東京市現時の形勢より考えて、上野の公園地は既に狭隘に過ぐる憾がある。現時園内に在る建築物は帝室博物館と動物園との二所を除いて、其他のものは諸学校の校舎と共に悉く之を園外の地に移すべく、又谷中一帯の地を公園に編入し・・・ 永井荷風 「上野」
・・・しかして評家が従来の読書及び先輩の薫陶、もしくは自己の狭隘なる経験より出でたる一縷の細長き趣味中に含まるるもののみを見て真の文学だ、真の文学だと云う。余はこれを不快に思う。 余は評家ではない。前段に述べたる資格を有する評家では無論ない。・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ただ杜甫の経歴の変化多く波瀾多きに反して、曙覧の事蹟ははなはだ平和にはなはだ狭隘に、時は逢いがたき維新の前後にありながら、幾多の人事的好題目をその詩嚢中に収め得ざりしこと実に千古の遺憾なりとす。〔『日本』明治三十二年三月二十六日〕『・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫