・・・それが今不意に目の前へ、日の光りを透かした雲のような、あるいは猫柳の花のような銀鼠の姿を現したのである。彼は勿論「おや」と思った。お嬢さんも確かにその瞬間、保吉の顔を見たらしかった。と同時に保吉は思わずお嬢さんへお時儀をしてしまった。 ・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・蘆の根から這い上がって、其処らへ樹上りをする……性が魚だからね、あまり高くは不可ません。猫柳の枝なぞに、ちょんと留まって澄ましている。人の跫音がするとね、ひっそりと、飛んで隠れるんです……この土手の名物だよ。……劫の経た奴は鳴くとさ」「・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・そして蕗の薹や猫柳の枝など折ってきたりした。雪はほとんど消えていた。それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・毒だみの花や、赤のままの花の咲いていた岸には、猫柳のような灌木が繁っていて、髪洗橋などいう腐った木の橋が幾筋もかかっていた。 見返柳を後にして堤の上を半町ばかり行くと、左手へ降る細い道があった。これが竜泉寺町の通で、『たけくらべ』第一回・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫