・・・どうせ貧寒なのだから、木枯しの中を猫背になってわななきつつ歩いているのも似つかわしいのであろうが、そうするとまた、人は私を、貧乏看板とか、乞食の威嚇、ふてくされ等と言って非難するであろうし、また、寒山拾得の如く、あまり非凡な恰好をして人の神・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 年のころ三十七、八、猫背で、獅子鼻で、反歯で、色が浅黒くッて、頬髯が煩さそうに顔の半面を蔽って、ちょっと見ると恐ろしい容貌、若い女などは昼間出逢っても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず、眼には柔和なやさしいところがあって、絶えず何・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・大きなからだを猫背に曲げて陰気な顔をしていつでも非常に急いでいる。眉の間に深い皺をよせ、血眼になって行手を見つめて駆けっているさまは餓えた熊鷹が小雀を追うようだと黒田が評した事がある。休日などにはよく縁側の日向で赤ん坊をすかしている。上衣を・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・そして杖にすがったまま辛うじてかがんだ猫背を延ばして前面に何物をか求むるように顔を上げた。窪んだ眼にまさに没せんとする日が落ちて、頬冠りした手拭の破れから出た一束の白髪が凩に逆立って見える。再びヨボヨボと歩き出すと、ひとしきりの風が驀地に道・・・ 寺田寅彦 「凩」
・・・ゲーテの家には制服を着けた立派な番人が数人いましたが、シラーのほうには猫背の女がただ一人番していました。裏庭の向こう側の窓はもうよその家で、職人が何か細工をしていたようです。シラー町の突き当たりの角は大きな当世ふうのカッフェーで、ガラス窓の・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・少し背中を猫背に曲げて、時々仰向いたり、軽くからだを前後に動かしたりしているのがいかにも自由な心持ちでそして三昧にはいっているようなふうに見えた。他の多くの演奏者と対比した時にいっそう何かしら全くちがったいい感じがした。 まっ黒なピアノ・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・これは彼の顔つきややせてひょろ長く、猫背を丸くしている格好などから名づけたものであろう。実際そういえばそうらしい様子もあった。しかし彼の風貌にはどことなく心の奥底のやさしみと美しさが現われていたように思う。生徒のこのあだ名から私はどうしても・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・娘、婆さん、煙草色の作業服のままの猫背のおやじ。あっぱっぱのはだけた胸に弁当箱をおしつけて肩をゆすりながらくる内儀さん。つれにおくれまいとして背なかにむすんだ兵児帯のはしをふりながらかけ足で歩く、板裏草履の小娘。「ぱっぱ女学生」と土地でいわ・・・ 徳永直 「白い道」
公園の片隅に通りがかりの人を相手に演説をしている者がある。向うから来た釜形の尖った帽子を被ずいて古ぼけた外套を猫背に着た爺さんがそこへ歩みを佇めて演説者を見る。演説者はぴたりと演説をやめてつかつかとこの村夫子のたたずめる前・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・をいとわず「猫背」をきらい、「なんじゃもんじゃ」にからめとられまいとするのです。「鉛筆詩抄」の拝見できたことを感謝いたします。「鉛筆の詩」こそ、わたしたちのたたかいのうた、光栄のうただと思います。ほんとにわたしたちは、「われつねに一本の・・・ 宮本百合子 「鉛筆の詩人へ」
出典:青空文庫