・・・次手を以て甲斐の国にいる蛇笏君に献上したい。僕は又この頃思い出したように時時句作を試みている。が、一度句作に遠ざかった祟りには忽ち苦吟に陥ってしまう。どうも蛇笏君などから鞭撻を感じた往年の感激は返らないらしい。所詮下手は下手なりに句作そのも・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・――あなたは気のふさぐのが病だって云うから、これを一つ献上します。産前、産後、婦人病一切によろしい。――これは僕の友だちに聞いた能書きだがね、そいつがやり始めた缶詰だよ。」 田宮は唇を嘗めまわしては、彼等二人を見比べていた。「食える・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 四月三十日の未の刻、彼等の軍勢を打ち破った浅野但馬守長晟は大御所徳川家康に戦いの勝利を報じた上、直之の首を献上した。(家康は四月十七日以来、二条の城にとどまっていた。それは将軍秀忠の江戸から上洛するのを待った後この使に立ったのは長晟の・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・第一が千里飛べる長靴、第二が鉄さえ切れる剣、第三が姿の隠れるマントル、――それを皆献上すると云うものだから、欲の深いこの国の王様は、王女をやるとおっしゃったのだそうだ。第二の農夫 御可哀そうなのは王女御一人だな。第一の農夫 誰か王女・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・御一新の御東幸の時にも、三井の献金は三万両だったが八兵衛は五万両を献上した。またどういう仔細があったか知らぬが、維新の際に七十万両の古金銀を石の蓋匣に入れて地中に埋蔵したそうだ。八兵衛の富力はこういう事実から推しても大抵想像される。その割合・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・しかるに、あるとき、遠い南の方から渡ってきたという、赤と緑と青の毛色をした、珍しい鳥を献上したものがありました。 お姫さまは、この鳥が、たいそう気にいられました。そして、自分の居間に、かごにいれて懸けておかれました。小鳥は、じきにお姫さ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・それを女風情の眼でけがされたとあってはもう献上もできない。さア、どうしてくれると騒ぎはお定の病室へ移されて、見るなと言われたものを見ておきながら見なかったとは何と空恐しい根性だと、お定のまわらぬ舌は、わざわざ呼んできた親戚の者のいる前でくど・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 然し母と妹との節操を軍人閣下に献上し、更らに又、この十五円の中から五円三円と割いて、母と妹とが淫酒の料に捧げなければならぬかを思い、さすがお人好の自分も頗る当惑したのである。 酒が醒めかけて来た! 今日はここで止める。 五月六・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・鋳金の工作過程を実地にご覧に入れ、そして最後には出来上ったものを美術として美術学校から献上するという。そううまく行くべきものだか、どうだか。むかしも今も席画というがある、席画に美術を求めることの無理で愚なのは今は誰しも認めている。席上鋳金に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・当時の甘い批評家たちが、女の作家の二、三の著書に就いて、女性特有の感覚、女で無ければ出来ぬ表現、男にはとてもわからぬ此の心理、などと驚歎の言辞を献上するのを見て、彼はいつでも内心、せせら笑って居りました。みんな男の真似ではないか。男の作家た・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫