・・・そのうちエリザベスが幽閉中の二王子に逢いに来る場と、二王子を殺した刺客の述懐の場は沙翁の歴史劇リチャード三世のうちにもある。沙翁はクラレンス公爵の塔中で殺さるる場を写すには正筆を用い、王子を絞殺する模様をあらわすには仄筆を使って、刺客の語を・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・大王はお妃と王子王女とただ四人で山へ行かれた。大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高い樹の実を見てああほしいなあと云われたのだ。そのとき大王の徳には林の樹もまた感じていた。樹の枝はみな生物のように垂れてその美しい果実を王子たちに奉った。・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
むかし、ある霧のふかい朝でした。 王子はみんながちょっといなくなったひまに、玻璃でたたんだ自分のお室から、ひょいっと芝生へ飛びおりました。 そして蜂雀のついた青い大きな帽子を急いでかぶって、どんどん向こうへかけ出し・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・こじきの太郎とか王子のジョージとかより先に、おおかみと鶴、兎にたぬきなんかを持ちだして、話をすすめて行く形である。 アレゴリーの従来の利用価値は、いろいろあったにしろ、一部の事実として聞きてに聞きて自身や話の中の人物の階級性なんかまで考・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・製紙会社が合同して王子へ独占になったような形なので、競争がなくなったもんですから、一般に紙質をわるくしてしまったんだそうです。同じ名や番号の紙でもやっぱり質は下って来ているんで、どうも……」と頸のうしろへ手を当てた。 丸善の原稿紙は紙は・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ 偉かった筈のクロムウェルは何か思いに沈んで額を押えて居るし、ポルトガルのヘンリ王子が槍をついて歩きながら海を想う歌を大声で歌って居る。 マルコポロは、自分で書いたらしい本を持ってきまり悪そうにして居るし………… 地球を片手で持・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・やグリグリというお守りを崇拝しつつひどい寄宿舎で死ぬ哀れな黒坊の小王子の話などです。ドーデエがパリの二十五年間の思い出を書いたのは忘れられず面白い本でした。南フランスから出て来て第一の朝オペラ座の裏の焼鳥屋のようなところで飯をたべる、作家志・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・わたくしは白山の通りで、この車が洋紙をきんさいして王子から来るのにあうことがある。しかしそういうときにはこの車はわたくしの目にとまらない。 わたくしはこの車が空車として行くにあうごとに、目迎えてこれを送ることを禁じ得ない。車はすでに大き・・・ 森鴎外 「空車」
・・・まもなく海嶽楼は類焼したので、しばらく藩の上邸や下邸に入っていて、市中の騒がしい最中に、王子在領家村の農高橋善兵衛が弟政吉の家にひそんだ。須磨子は三年前に飫肥へ往ったので、仲平の隠家へは天野家から来た謙助の妻淑子と、前年八月に淑子の生んだ千・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・その直前にこの后は、山中において王子を産んだ。そうして、首を切られた後にも、その胴体と四肢とは少しも傷つくことなく、双の乳房をもって太子を哺んだ。この后の苦難と、首なき母親の哺育ということが、この物語のヤマなのである。王子は四歳まで育って、・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫