・・・ 越の方だが、境の故郷いまわりでは、季節になると、この鶫を珍重すること一通りでない。料理屋が鶫御料理、じぶ、おこのみなどという立看板を軒に掲げる。鶫うどん、鶫蕎麦と蕎麦屋までが貼紙を張る。ただし安価くない。何の椀、どの鉢に使っても、おん・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・みょうが屋の商牌は今でも残っていて好事家間に珍重されてるから、享保頃には相応に流行っていたものであろう。二代目喜兵衛が譲り受けた軽焼屋はいつごろからの店であったか、これも解らぬが、その頃は最早軽焼屋の店は其処にも此処にもあってさして珍らしく・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この場合、他の骨董品と同じく、数が少なければ、それだけ珍重されたのも、和本そのものが、すでに芸術的に出来ているがためです。 たとえ、今日洋装の書物が、耐久性からいっても、趣味の上からしても殆んど永久の蔵書に値しないかもしれぬが、なほ・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・まずは珍重することかな。親父親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。身脱けの出来ぬおれの負債を。うむ、それもよしこれもよし。さて謀をめぐらそうか。事は手ッ取り早いがいい。「兵は神速」だ。駈けを追ってすぐに取りかかろうぞ。よし。始め・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・自分はしばしば思うた、もし武蔵野の林が楢の類いでなく、松か何かであったらきわめて平凡な変化に乏しい色彩いちようなものとなってさまで珍重するに足らないだろうと。 楢の類いだから黄葉する。黄葉するから落葉する。時雨が私語く。凩が叫ぶ。一陣の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・南方外国や支那から、おもしろい器物を取寄せたり、また古渡の物、在来の物をも珍重したりして、おもしろい、味のあるものを大に尊んだ。骨董は非常の勢をもって世に尊重され出した。勿論おもしろくないものや、味のないものや、平凡のものを持囃したのではな・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・このごろ、あなたの少しばかりの異風が、ゆがめられたポンチ画が、たいへん珍重されているということを、寂しいとは思いませんか。親友からの便りである。私はその一葉のはがきを読み、海を見に出かけた。途中、麦が一寸ほど伸びている麦畑の傍にさしかかり、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・あたりまえの発見を、人よりおそく、一つ一つ、たんねんに珍重し、かなしみ、喜び、歎息している有様である。のろいのである。近ごろ、また、めっきり、のろくなった。いまは、まず少しずつ生活を建て直し、つつましい市井人の家をつくる。それが第一だ。太宰・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・他国では科学がとうの昔に政治の肉となり血となって活動しているのに、日本では科学が温室の蘭かなんぞのように珍重され鑑賞されているのでは全く心細い次第であろう。 その国の最高の科学が「主動的に」その全能力をあげて国政の枢機に参与し国防の計画・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そうかと思うと一方で立体派や未来派のような舶来の不合理をそのままに鵜呑みにして有難がって模倣しているような不見識な人の多い中に、このような自分の腹から自然に出た些細な不合理はむしろ一服の清涼剤として珍重すべきもののような感がある。 鳥の・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫