・・・ 大通の街路の方には、硝子窓のある洋風の家が多かった。理髪店の軒先には、紅白の丸い棒が突き出してあり、ペンキの看板に Barbershop と書いてあった。旅館もあるし、洗濯屋もあった。町の四辻に写真屋があり、その気象台のような硝子の家・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・すぐ上の壁に大きながくがかかって、そこにそのうちの四人の名前が理髪アーティストとして立派にならび、二人は助手として書かれていました。「お髪はこの通りの型でよろしゅうございますか。」私が鏡の前の白いきれをかけた上等の椅子に坐ったとき、その・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・更に料理人、理髪師、土工等あらゆる階級の人々にとっての文学表現の形式となり得ている、その様式の浸透を、窪田氏は超階級性と見ておられるのであるが、直ちに、作歌上からむずかしさのために過去の歌でさけられて来ている職業を取材したものの多いのは、現・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・今日でも、モスクワ市トゥウェルフスカヤ街に店舗を張っている理髪師は、巴里風と称するロシア式剪髪によって、盛に客の衿頸に毛を入れている。妻に送ったチェホフ書簡集の訳者はおかっぱだ。彼女は時々理髪店へ行かなければならない。帰ると、ホテルの部屋で・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ただ、どれが新しいとも分らない同じような破屋がその辺一帯に建てこみ、一軒の理髪店が、赤と藍との塗り分け棒を軒先に突き出している。当時の記憶は、なほ子にとって快いものではなかった。然し、そう数年のうちに全然忘れ切れる種類のものでもなかった。そ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・一冊の雑誌、一冊の本、風呂屋、理髪店での世間話さえ、それが戦争についての批評めいたものだと密告され、捕縛され、投獄された。私たちは、今もなお悪夢のような印象で一つのポスターを思い出す。省線各駅、町会の告知板に、徳川時代の、十手をもった捕りか・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ 真白いエナメル塗の椅子がいくつも並んだ清潔至極な理髪室がある。 大きい大きいニッケル湯沸しの横に愛嬌のいい小母さんが立って一杯三哥のお茶をのませ、菓子などを売る喫茶部は殷やかな話し声笑い声に満ちている。 体育室の設備のよさは、・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ ある日ゴーリキイがペテルブルグの数多い橋の一つを歩いていると、理髪屋風の男が二人づれでゴーリキイを追い越して行った。が、一人の方がびっくりしたように小声で仲間に云った。「見ろ、ゴーリキイだぜ!」 もう一人の男は立ちどまってゴー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・或る日ゴーリキイがペテルブルグ市中の或る橋を歩いていると、理髪屋風の二人連の男がゴーリキイを追い越して行った、が、その一人の方がびっくりしたように伴れに小声で云った。「見ろ! ゴーリキイだぜ」 もう一人の男は立ち止ってゴーリキイの頭・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫