・・・ この雲煙邱壑は、紛れもない黄一峯です、癡翁を除いては何人も、これほど皴点を加えながら、しかも墨を活かすことは――これほど設色を重くしながら、しかも筆が隠れないことは、できないのに違いありません。しかし――しかしこの秋山図は、昔一たび煙・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・近代将棋の合理的な理論よりも我流の融通無碍を信じ、それに頼り、それに憑かれるより外に自分を生かす道を知らなかった人の業のあらわれである。自己の才能の可能性を無限大に信じた人の自信の声を放ってのた打ちまわっているような手であった。この自信に私・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ そう思うと、もう私の筆は進まなかったが、才能の乏しさは世相を生かす新しいスタイルも生み出せなかった。思案に暮れているうちに年も暮れて、大晦日が来た。私はソワソワと起ち上ると外出の用意をした。「年の瀬の闇市でも見物して来るかな」・・・ 織田作之助 「世相」
・・・この闘いに協同戦線を張って助け合うことが夫婦愛を現実に活かす大きな機会でなくてはならぬ。たのみ合うという夫婦愛の感じは主としてここから生まれる。この問題でたよりにならない相手では、たのみにならない味方ということになる。この闘いは今日の場合で・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・君が精一ぱいなら、八重田数枝だって、自分ひとりを生かすのだけで、それだけで精一ぱい、やっとのところで生きているのだ。少しは、人の弱さを、大事にしろよ。君の思いあがりは、おそろしい。僕だって、君に、いくど恥をかかされているかわからない。あんな・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 頭髪は観者の注意を強くひきつける事によっておのずから人物の顔を生かす原動力になっている。もしこの漆黒の髪がなかったら浮世絵の顔の線などは無意味な線の断片の集合に堕落してしまって画面全体に対する存在理由の希薄なものになってしまいそうであ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・もしも将来天才的監督によって適当なる色彩的モンタージュの方法が案出され、明暗を殺さずにそれを生かすような色彩を駆使して、これを音響と対位的に編成することができればその結果はあるいは大いに見るべきものであるかもしれない。 色彩のモンタージ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・その困難を切り抜けるためには何かしら絶え間なく新しい可能性を捜し出してはそれをスクリーンの上に生かすくふうをしなければならない。幸いなことには、映画という新しいメジウムの世界には前人未到の領域がまだいくらでも取り残されている見込みがある。そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・日本魂を腐蝕する毒素の代りにそれを現代に活かす霊液でも、捜せばこの智恵の泉の底から湧き出すかもしれない。 電車で逢った老子はうららかであった。電車の窓越しに人の頸筋を撫でる小春の日光のようにうららかであったのである。 ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・例えば『永代蔵』では前記の金餅糖の製法、蘇枋染で本紅染を模する法、弱った鯛を活かす法などがあり、『織留』には懐炉灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除けの方法など、『胸算用』には日蝕で暦を験すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫