一 連句で附句をする妙趣は自己を捨てて自己を活かし他を活かす事にあると思う。前句の世界へすっかり身を沈めてその底から何物かを握んで浮上がって来るとそこに自分自身の世界が開けている。 前句の表面に・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・「わしは歌麻呂のかいた美人を認識したが、なんと画を活かす工夫はなかろか」とまた女の方を向く。「私には――認識した御本人でなくては」と団扇のふさを繊い指に巻きつける。「夢にすれば、すぐに活きる」と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしの・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・とは単簡な二文字であるが滅多に使うものでない、これを活かすにはよほど骨が折れる。「何か急な御用なんですか」と御母さんは詰め寄せる。別段の名案も浮ばないからまた「ええ」と答えて置いて、「露子さん露子さん」と風呂場の方を向いて大きな声で怒鳴・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 彼女は、人を生かすために、人を殺さねば出来ない六神丸のように、又一人も残らずのプロレタリアがそうであるように、自分の胃の腑を膨らすために、腕や生殖器や神経までも噛み取ったのだ。生きるために自滅してしまったんだ。外に方法がないんだ。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・正直に、おだやかに働いて生きることを求めている人々の心をいくらかうけとって生かす民主的な社会生活とその感情の幅があらわれていたはずです。日本の近代の歴史には本当に自分の階級の力で封建権力にとりかわった市民社会がなかったということ、第二次大戦・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・綜合的な舞台の芸術を真個に生かすには、只一本無駄な花があってさえ全体の気分に関係する。濫な作者の道楽気は反省されなければならないと共に、群集の一人でも、此からの舞台では、仕出し根性を改めなければならないのではあるまいか。 此時ばかりでな・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・勿論、そのなかにも女優が自分のものを活かすか、活かせないかという点でのあたまのよさ、わるさはいわれるけれども。 ベッティ・デヴィスの「黒蘭の女」というのはどんなものだろう。ポーラ・ネグリという女優のあたまのよさは生活力でねりあげ鍛えられ・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・の古典はやはり読まれ、研究されるべきものでしょうが、それは全くこの『集団行進』に集まっているような作者たちが生活そのものによって現代の社会に要求し示している新しい素質・主題を益々つよく冴えたものとして活かすためにだけ、学び、研究されるべきで・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・自分が生き、ひとを生かすために、女はますます多くの困難にうちかって行かなければならない時勢です。だから、明るい生活力を充実させる意味でも女は家庭にあっても何か一つ、中心的な仕事を持つことがのぞましいと、あなたはいっていらしたのだと思います。・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・ この芝居をみていて深く感じたことは演劇のとりしまりや自粛がどんなに芸術の生命を活かすものでなければならないか、ということであった。 云わでものことのようなことを沁々と思わずにいられないものがあった。従来の歌舞伎の番組には徳川末・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
出典:青空文庫