・・・過去は常に未来を生む神秘の泉である。迷える現在の道を照す燈火である。われらをして、まずこの神聖なる過去の霊場より、不体裁なる種々の記念碑、醜悪なる銅像等凡て新しき時代が建設したる劣等にして不真面目なる美術を駆逐し、そしてわれらをして永久に祖・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・過去の文学は未来の文学を生む。生まれたものは同じ訳には行かぬ。同じ訳に行かぬものを、同じ法則で品隲せんとするのは舟を刻んで剣を求むるの類である。過去を綜合して得たる法則は批評家の参考で、批評家の尺度ではない。尺度は伸縮自在にして常に彼の胸中・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・社会が文芸を生むか、または文芸に生まれるかどっちかはしばらく措いて、いやしくも社会の道徳と切っても切れない縁で結びつけられている以上、倫理面に活動するていの文芸はけっして吾人内心の欲する道徳と乖離して栄える訳がない。 我々人間としてこの・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴! どうして飲・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・夫婦同居して子なき婦人が偶然に再縁して子を産むことあり。多婬の男子が妾など幾人も召使いながら遂に一子なきの例あり。其等の事実も弁えずして、此女に子なしと断定するは、畢竟無学の臆測と言う可きのみ。子なきが故に離縁と言えば、家に壻養子して配偶の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・いわんや子を生み孫を生むに至ては、祖父を共にする者あり、曾祖父を共にする者あり、共に祖先の口碑をともにして、旧藩社会、別に一種の好情帯を生じ、その功能は学校教育の成跡にも万々劣ることなかるべし。・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・たとえ労働条件が男と同じになったとしても、女が子を生むためのものである以上、男と同じ水準に達する余力をもたないというのである。 賃銀さえ男と同じになれば婦人労働者の生活が幸福となり、内容において高まると観るのはもちろん皮相でもあるし、非・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・定子が生れた時、葉子は自分が木部のような者の子を生むという屈辱に堪えないで、他の男との間に出来た赤児であると母にさえ話した。そのような劇しい憎しみを持っている男の俤を伝えている定子が、無条件に可愛いということがあるだろうか。まして葉子のよう・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ただ正直に、必然に従って、愛の力で産む、――そこにのみ真の創作があるのである。 さらにまた芸術の創作については、大いなる者を姙むことが重大である。すなわち自己の生命をより高くより深く築いて行くことが、創作の価値をより高からしめるためには・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
一 人生が苦患の谷であることを私もまたしみじみと感じる。しかし私はそれによって生きる勇気を消されはしない。苦患のなかからのみ、真の幸福と歓喜は生まれ出る。 ある人は言うだろう。歓喜を産む苦患は真の苦患でない。苦患の形をした歓・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫