・・・クララは夢の中にありながら生れ落ちるとから神に献げられていたような不思議な自分の運命を思いやった。晩かれ早かれ生みの親を離れて行くべき身の上も考えた。見ると三人は自分の方に手を延ばしている。そしてその足は黒土の中にじりじりと沈みこんで行く。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・い時分に二階の階段から落ちて、ひどく脳を打って、それからあんな発育の後れたものに成ったとは、これまで彼女が家の人達にも、親戚にも、誰に向ってもそういう風にばかり話して来たが、実はあの不幸な娘のこの世に生れ落ちる日から最早ああいう運命の下にあ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 私は生れ落ちるとすぐ、乳母にあずけられた。理由は、よくわからない。母のからだが、弱かったからであろうか。乳母の名は、つるといった。津軽半島の漁村の出である。未だ若い様であった。夫と子供に相ついで死にわかれ、ひとりでいるのを、私の家で見・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・彼が生れ落ちるとすぐ母はそれと交代に死んだのである。いまだかつて母を思ってみたことさえなかったのである。いよいよ嘘が上手になった。黄村のところへ教えを受けに来ている二三の書生たちに手紙の代筆をしてやった。親元へ送金を願う手紙を最も得意として・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・彼は生まれ落ちると同時に人類を敵として見なければならない運命を授けられるのに、これははじめから人間の好意に絶対の信頼をおいている。見ず知らずの家にもらわれて来て、そしてもうそこをわが家として少しも疑わず恐れてもいない。どんなにひどく扱われて・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・忘れるも忘れるもいじの悪いほどきれいに忘れて生れ落ちるとすぐっから世間を知って居た見たいにサ、私達にはしゃべってるんだから妙なもんですよ、頭なんて云うものは」「まるで忘れてるって云うんでなくったって、新らしいゴムマアリの様に力強い若々し・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫