・・・この限りでは菊池寛も、文壇の二三子と比較した場合、謂う所の生一本の芸術家ではない。たとえば彼が世に出た以来、テエマ小説の語が起った如きは、この間の消息を語るものである。こう云う傾向の存する限り、絵画から伝説を駆逐したように、文芸からも思想を・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・戦の街を幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心と、強い意志と、生一本な気象とで、固い輪郭を描いていた。そしてその上を貴族的な誇りが包んでいた。今まで誰れの前にも弱味を見せなかったらしいその顔が、恨みを・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ ここに言うホールとは、銀座何丁目の狭い、窮屈な路地にある正宗ホールの事である。 生一本の酒を飲むことの自由自在、孫悟空が雲に乗り霧を起こすがごとき、通力を持っていたもう「富豪」「成功の人」「カーネーギー」「なんとかフェラー」、「実・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・けっして純粋な生一本の動機からここに立って大きな声を出しているのではない。この暑さに襟のグタグタになるほど汗を垂らしてまで諸君のために有益な話をしなければ今晩眠られないというほど奇特な心掛は実のところありません。と云ったところでこう見えても・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ いいと思うことでも、余り生一本にやるのは考えものだ。損得を考えられなくなるまで追いつめられた奴の中で、性分を持った奴がやるだけのもんだ。 監獄に放り込まれる。この事自体からして、余り褒めた気持のいい話じゃない。そこへ持って来て、子・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ インガは、ドミトリーのそういう素朴さ、生一本さとともに、彼が新たな階級として立った労働者としての積極性をもっている点を深く愛しているのであった。 が、インガとドミトリーとの間はまだ円滑に行っているとは云えない。 今日も、思いが・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 或時は思いきり華かな中に、或る時は涙の出るほどじみな中に―― そうして私の喜ぶ事は度々の生活状態の変化はあっても、その素直な、生一本の気持が失われずに有る事である。 おっとりした、深々と物をむずかしく考えない、口のはっきり利け・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・において作者は、力一杯に今を生きることを人間の真実の姿として描こうとしているのであるが、それも、分に応じてその人の気質なりに生一本に生きるというだけでは、やはり人間行動の社会的な評価にまで迫った現実の文学的追求とはなり得ない。同じ作者が、数・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・デスデモーナが、まばゆいほど白くて美しい額の奥に、オセロを出しぬくだけの生一本な正直さもしんのつよい情熱ももたなかったお姫様気質を、シェクスピアは描き出そうとしたのだろうか。ハンカチーフは失われた。けれどもハンカチーフはハンカチーフよ、愛す・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・「赤裸々生一本のものとして現実に向い、文学に向って行かなければ駄目なのだ」と、どちらかといえば主観的なものごしで良心を吐露している。そして過去の運動がその段階において犯していたある点の機械的誤謬を指摘することで、今日の自分がプロレタリア作家・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
出典:青空文庫