・・・墓地の松や生垣の中には、辛夷の花が白らんでいる、天気の好い日曜の午過ぎだった。母は小さな墓の前に来ると、これがお父さんの御墓だと教えた。が、彼はその前に立って、ちょいと御時宜をしただけだった。「それでもう好いの?」 母は水を手向けな・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・路に隣った麦畑はだんだん生垣に変り出した。保吉は「朝日」を一本つけ、前よりも気楽に歩いて行った。 石炭殻などを敷いた路は爪先上りに踏切りへ出る、――そこへ何気なしに来た時だった。保吉は踏切りの両側に人だかりのしているのを発見した。轢死だ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
一 ある春の午過ぎです。白と云う犬は土を嗅ぎ嗅ぎ、静かな往来を歩いていました。狭い往来の両側にはずっと芽をふいた生垣が続き、そのまた生垣の間にはちらほら桜なども咲いています。白は生垣に沿いながら、ふとある横町へ曲りました。が、そ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・小みちは要冬青の生け垣や赤のふいた鉄柵の中に大小の墓を並べていた。が、いくら先へ行っても、先生のお墓は見当らなかった。「もう一つ先の道じゃありませんか?」「そうだったかも知れませんね。」 僕はその小みちを引き返しながら、毎年十二・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・だがその二十人ほどは道側の生垣のほとりに一塊りになって、何かしゃべりながらも飛びまわることはしないでいたのだ。興味の深い静かな遊戯にふけっているのであろう。彼がそのそばをじろじろ見やりながら通って行っても、誰一人振り向いて彼に注意するような・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ ふと、生垣を覗いた明い綺麗な色がある。外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年の瞼は颯と血を潮した。 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑かれたようになって、垣の破目を・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をちょろちょろと小蛇が一条、彼岸過だったに、ぽかぽか暖かったせいか、植木屋の生垣の下から道を横に切って畠の草の中へ入った。大嫌だから身震をして立留ったが、また歩行き出そうとして見ると、蛇よりもっと・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ しかもそのくせ、卑怯にも片陰を拾い拾い小さな社の境内だの、心当の、邸の垣根を覗いたが、前年の生垣も煉瓦にかわったのが多い。――清水谷の奥まで掃除が届く。――梅雨の頃は、闇黒に月の影がさしたほど、あっちこっちに目に着いた紫陽花も、この二・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・一方、杉の生垣を長く、下、石垣にして、その根を小流走る。石垣にサフランの花咲き、雑草生ゆ。垣の内、新緑にして柳一本、道を覗きて枝垂る。背景勝手に、紫の木蓮あるもよし。よろず屋の店と、生垣との間、逕をあまして、あとすべて未だ耕さざる水田一・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・背の高い珊瑚樹の生垣の外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実がかさなり合ってついている、南瓜の蔓が畑の外まではい出し、とうもろこしにもはいついて花がさかんに咲いてる。三角形・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
出典:青空文庫