・・・裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小橋を渡して広い田圃を見晴らすのである。左右の隣家は椎森の中に萱屋根が見える。九時過ぎにはもう起きてるものも少なく、まことに静かに穏やかな夜だ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 杉の生垣をめぐると突き当たりの煉塀の上に百日紅が碧の空に映じていて、壁はほとんど蔦で埋もれている。その横に門がある。樫、梅、橙などの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には棕櫚の二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 生垣を回ると突然に出っくわしたのがお梅である。お梅はきゃんな声で『知らないよ。いいジャアないかあたしがだれのうわさをしようがお前さんの関った事ジャアないよ、ねエ先生!』 時田は驚いて木の下闇を見ると、一人の男が立っていたが、ツ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 朝食を終るや直ぐ机に向って改築事務を執っていると、升屋の老人、生垣の外から声をかけた。「お早う御座い」と言いつつ縁先に廻って「朝ぱらから御勉強だね」「折角の日曜もこの頃はつぶれで御座います」「ハハハハッ何に今に遊ばれるよ、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 生垣一つ隔てて物置同然の小屋があった。それに植木屋夫婦が暮している。亭主が二十七八で、女房はお徳と同年輩位、そしてこの隣交際の女性二人は互に負けず劣らず喋舌り合っていた。 初め植木屋夫婦が引越して来た時、井戸がないので何卒か水を汲・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・はお勝手で夕食の後仕末をしながら、すっとその気配を背中に感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ 拙宅の庭の生垣の陰に井戸が在る。裏の二軒の家が共同で使っている。裏の二軒は、いずれも産業戦士のお家である。両家の奥さんは、どっちも三十五、六歳くらいの年配であるが、一緒に井戸端で食器などを洗いながら、かん高い声で、いつまでも、いつまで・・・ 太宰治 「作家の手帖」
序唱 神の焔の苛烈を知れ 苦悩たかきが故に尊からず。これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵の二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇り・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・天秤棒をキシませながら、ふれ声をあげて、フト屋敷の角をまがると、私と同じ学帽をかぶった同級生たちが四五人、生垣のそばで、独楽などをまわして遊んでいるのがめっかる。するともう、私の足はすくんでしまって、いそいで逃げだそうと思うが、それより早く・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・人家の中には随分いかめしい門構に、高くセメントの塀を囲らしたところもあるが、大方は生垣や竹垣を結んだ家が多いので、道行く人の目にも庭や畠に咲く花が一目に見わたされる。そして垣の根方や道のほとりには小笹や雑草が繁り放題に繁っていて、その中には・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫